ヴィッセル神戸J1初優勝、悲願の栄冠を勝ち取った神戸が築きあげた“レガシー”を振り返る

今月25日のJ1第33節ヴィッセル神戸対名古屋グランパス戦で、神戸が2-1で勝利してJ1初優勝を果たした。ノエビアスタジアム神戸で栄冠を勝ち取っため、大勢のサポーター、選手、スタッフ、関係者が神戸讃歌を歌い、喜びを分かち合った。

今季の神戸は縦に鋭く早いサッカーで数々の難敵を撃破してきた。ただこのサッカーを成立させるには受け手と出し手の止める、蹴るの技術の高さや性格かつ素早いプレー判断能力が必要不可欠となる。

この技術の高さ、判断能力の正確さと早さはどこで培ったのか。筆者は神戸が築き上げたレガシーがあったから、上記の要素を手にしてタイトルを勝ち得たと考察している。

筆者の上位予想にサポーターから疑問符

さかのぼること今季開幕前の今年2月5日、J3松本山雅との「Jリーグプレシーズンマッチ2023 in 神戸」が開催された翌日だった。神戸サポーターがX(旧Twitter)のスペース機能(不特定多数のXユーザーと会話する機能)を使った神戸の試合を振り返る「振り返りスペース」に筆者は参加していた。

この振り返りスペースは神戸サポーターと、サッカー記者の筆者が、神戸の試合を振り返りながら考察などを話す公開ミーティングのようなものだ。神戸サポーターで、このスペースの主催である「ヴィッセル神戸航空(VKA)公式」氏から招待される形で筆者はスペースに参加した。この振り返りスペースで筆者はサポーターから疑問符を突きつけられた。

なぜ疑問符を突きつけられたのか。それは神戸の今季順位予想で神戸を上位予想したからだ。昨季の神戸は11勝7分16敗でリーグ戦13位と苦戦を強いられ、第24節は18チーム中18位と最下位、第27~29節までは自動降格圏の17位と低空飛行を続けていた。

筆者が「昨季最終盤の戦いや松本山雅戦を見て、神戸は上位には入ると思う。アジアチャンピオンズリーグは狙える。4位以上は堅いだろう」と話すと、「去年の神戸を見ましたか?」、「僕らを喜ばせようとしてくれてありがとうございます」、「上位はないと思いますけど」、「何を思って神戸が上位なんですか?」と複数のサポーターから白い目で見る返事が返ってきた。

ただ筆者には確信に近いものがあった。昨年9月14日から10月12日までの5試合を5連勝した実力、プレーシーズンマッチ松本山雅戦での今季見せた躍進の片りんなどに築き上げたレガシーがしっかりと礎として機能しているように見えたからだ。このレガシーについて考察を広げる。

神戸のバルサ化

神戸を語る上で「バルサ化」という言葉が独り歩きしている印象を受ける。スペインの世界的強豪であるバルセロナに所属していた選手たちを獲得して、ポゼッションフットボール(ボール保持率を高めるようにパスをつないで攻守一体のサッカーを展開する高等戦術)を神戸が志向していると報道各社、サッカーメディアが報じた。

元スペイン代表MFアンドレス・イニエスタを筆頭に同代表FWダビド・ビジャ、同代表FWボージャン・クルキッチ、ベルギー代表DFトーマス・ヴェルマーレン、MFセルジ・サンペールと元バルセロナ所属選手を次々と獲得した。

また2018年9月にバルサのポゼッションフットボールで一世風靡(いっせいふうび)したジョゼップ・グアルディオラ監督(現プレミアリーグ・マンチェスターシティ)が最も影響を受けたといわれるフアン・マヌエル・リージョ監督を招へいして、パスを基調としたサッカーを展開した。

ただこの路線はリージョ政権下では大きな結果をもたらすことができなかった。2019年シーズンJ1第7節を最後にスペイン人指揮官は、神戸との契約を解除して退団した。その後に就任した吉田孝行監督を経て、ドイツ人指揮官トルステン・フィンク監督がトップチームに就任。同シーズンの天皇杯を優勝してチームに初タイトルをもたらした。

それから時を経て昨季途中の吉田監督就任後から、縦に早いカウンターサッカーに戦術を転換してリーグ初優勝を果たしたわけだが、昨季や今季途中に当初目指していた「バルサ化」路線が失敗だったと烙印を押すメディアも存在した。ただこの失敗したといわれる路線は、レガシーという形で成果を残した。

神戸のレガシー

イニエスタらスター選手たちが加入により、日本人選手たちのサッカーに対する思考、判断、基礎技術に多大な影響を与えたことは、様々な媒体で選手たちが証言している。正確かつ素早い判断、早いゲーム展開での止める、蹴るなど、この期間に培った要素が路線変更後の現在のカウンターサッカーにおいて随所で生きている。

神戸のカウンターは、敵陣の綻びを見抜いて攻守を切り替える素早い正確な判断や、ターゲットからズレないパス、スピードを殺さずに次のプレーへつなげるファーストタッチなどが必要不可欠となる。これらの要素はパスを基調としたサッカーを志向した上で、スター選手たちとの切磋琢磨(せっさたくま)したからこそ、この戦術に必要とされる優れた技術と判断が向上したと見受けられる。

パスサッカーからカウンターサッカーへの転換は一見難しく見えるが、もともとアスリート能力が高い選手たちに前述した判断と技術がそなわったことで、ただのカウンター戦術ではなく、より進化したカウンター戦術に昇華したと思える。

イニエスタ構想外などが注目を受ける形で、技術を基調とする「バルサ化」といわれる路線は失敗と各メディア、有識者が蔑んだが、レガシーという形で選手たちに脈々と引き継がれているため、「バルサ化」といわれる路線はリーグタイトルを勝ち取る上で必要な経過だったと思える。

「バルサ化」という言葉が独り歩きするように、パスを徹底的につなぐサッカーといった陳腐なイメージや「黄金期を築いたのバルセロナを猿真似する」といったような低次元な発想の上で志向されていたら、このレガシーは定着しなかっただろう。レガシーという形でバトンをつなげるように各指揮官、スタッフが試行錯誤を繰り返しながらチームに根付かせたことで強く、上手く、戦える神戸が完成したと推察できる。

いままでの経過は無駄ではなかった

巨額投資、路線変更とこれまで後ろ指を指されることも多かった神戸だが、先人の試行錯誤がレガシーという形で根付いたから本物(リーグタイトル)の星を勝ち取れたと筆者は推察している。つまり後ろ指を指されていた巨額投資も、失敗と蔑まれた「バルサ化」も、この星を勝ち取る上で必要な経過だった。

今年2月に松本山雅とのプレシーズンマッチで朧気(おぼろげ)ながらも前述したレガシーの概観は見て取ることができたため、今季は上位進出と予想した。

ただ筆者の目も節穴だったと証明された。上位進出どころか、リーグタイトル獲得まで見通せなかったからだ。各有識者や記者がシーズン前の予想を見ても神戸の優勝を予想する人間は殆どいなかった(あくまで筆者調べ)。

誰も予想できない快挙を成し遂げた神戸は、圧倒的な強さを見せて本物の星をつかみ取ることができた。これが新しい時代の幕開けになるかは分からないが、それでもJリーグの時代に新たな1ページを書き足した。

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来季はAFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)も控えている新リーグ王者は、再び誰も予想できないサクセスストーリを描くことができるのかに注目していきたい。

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