小林選手(山形南高)F4年間王者 県勢初、F1の登竜門

 自動車レースの最高峰F1シリーズへの登竜門とされる「FIA―F4選手権」で、TGR―DCレーシングスクール育成ドライバーの小林利徠斗(りくと)選手(18)=山形南高3年=が県勢初の年間チャンピオンに輝いた。シーズン中盤で上位争いに絡めず苦杯をなめたが「冷静に自分と向き合えるようになった」と精神面で強さを増し、栄冠を手にした。

 初参戦の昨季6位から総合優勝を目指して挑んだ今季。全7大会、計14レースの開幕戦を優勝で飾り、前半戦までランキング首位を独走するなど順調な出足だった。しかし、折り返しとなる第7戦に“落とし穴”が待っていた。

 1周約5.8キロのコースの7周目。4番手の小林選手は後続車に直線で並ばれ、そのままコーナーに突入した。インコースを走る小林選手の外側から相手選手が追い越しを仕掛け、接触。小林選手はコースアウトし、14位でゴールするも接触に対するタイム加算ペナルティーが科され、無得点の33位に終わった。

 後半戦からの巻き返しを狙い、リスク覚悟で攻め手を繰り出す選手が多い中、「長いシーズンを考えれば、そこまで張り合う場面ではなかった」。気持ちの整理がつかないまま表彰台から離れ、第10戦を終えて3位に。そんな中、救ってくれたのはチームスタッフやライバルの存在だった。

 「まだ終わったわけじゃない。これからだよ」。レース後にそう声をかけたのは、公私にわたって支えるスタッフ。さらに、同じスカラシップ(奨学制度)ドライバーとしてしのぎを削り、同い年でプライベートでも仲が良いという中村仁選手(17)=千葉県出身=の活躍が闘争心に火を付けた。「どう立ち直り、どう挽回するかが大事」。第11戦は「落ち着いてレースに臨めた」と本来の調子を取り戻し、5戦ぶりに表彰台の頂点に立った。

 ランキング首位に復帰して迎えた最終戦は今月5日、栃木県茂木町のモビリティリゾートもてぎで行われ、5ポイント差で2位の中村選手とタイトルを懸けたデッドヒートを繰り広げた。予選1位で最前列から好スタートを決めると、中村選手を僅差でかわし、先頭でチェッカーフラッグを受けた。

 来季は格上の全日本スーパーフォーミュラ・ライツ選手権や目標とする国内最高峰スーパーGTへの出場の可能性がある。「行けるところまで、夢の先まで行ってみたい」。将来のトップレーサーを目指し、世界への扉をこじ開ける。

FIA―F4 FIA(国際自動車連盟)が規定する、タイヤやコックピットがむき出しのフォーミュラ(F)レース。F1を頂点にスーパーフォーミュラやF2などのトップカテゴリーが続き、その下にF3が位置する。F4はF3の前段階のレースで、日本では若手やアマチュアが腕を磨く部門として2015年から運営されている。

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