「船絵馬」再生、芸工大講師が経過報告 遊佐・神社に奉納の100点

修復を終え船玉神社に戻った船絵馬=遊佐町

 安全な船の航行を祈願して、かつての漁業者らが遊佐町西部の神社に奉納した「船絵馬」の修復が、昨年度までの3カ年で完了した。「船絵馬を後世に残したい」という地元住民の熱意を受けて実現した。作業を担当した東北芸術工科大文化財保存修復研究センターの元喜載(ウォンヒジェ)講師がこのほど、町生涯学習センターで事業経過を報告した。

 船絵馬は木製で、船頭や船乗りが海上での安全を願い、自分の船を絵師に描かせた紙を貼っている。同町西部・浜通りの神社には、主に江戸時代末期から明治時代中期にかけて描かれた船絵馬が数多く奉納されており、91点は町有形文化財に指定されている。

 このうち、服部興野地区の船玉神社には約30点の船絵馬がある。奉納から150年以上が経過して絵の一部が剥落し、額が破損するなど傷みがひどくなっていた。文化財を後世にも伝えたいと考えた同地区の住民が、町教育委員会に修復を要望したことで事業化が決定。船絵馬を含む文化財群が「海とともに生きた人々の祈り―遊佐町浜通りの漁業・海運に関わる歴史文化財」として、県の「未来に伝える山形の宝」に認定され、2020~22年度に修復作業が行われた。

 文化財を含む約100点を修復した同センターの経過報告が先月27日、町教委主催の「ゆざ学講座」として行われた。元講師は、船絵馬の表面に付着していた砂ぼこりをはけで除去し、絵の具の剥落止めや、金具の取り換えなどを行った経過を説明した。さびなども含めて歴史資料として尊重したとし「町民の強い思いがあり事業化できた」と述べた。

 船絵馬は現在、各神社で保管されている。船玉神社では毎月1日と15日、お参りのために社殿を開放しており、鑑賞することができる。地元の富樫正義区長(71)は「剥げたところが直り良かった。集落の宝として継承していきたい」と語った。

船絵馬の修復事業の経過を報告する元喜載講師(奥)=遊佐町生涯学習センター

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