カザフに眠る父の願い 旧ソ連抑留者の長女、ゆかりの酒田訪問

阿彦家の墓に手を合わせる阿彦イリーナさん(左)=酒田市

 第2次世界大戦後に旧ソ連に抑留され、同国が崩壊するまで帰国できなかった酒田市とつながりのある民間抑留者の長女が15日、同市を訪れ、亡き父の死亡届の手続きをするとともに先祖の墓前にぬかずいた。「最後にもう一度、両親の墓参りがしたい」。父親が晩年に何度も話していた思いを実現した長女は「父も喜んでいると思う」と、ほっとした表情を見せた。

 同市を訪れたのはカザフスタン在住の阿彦イリーナさん(57)。イリーナさんの父親は両親が酒田市出身の哲郎さんで、終戦後の1948年、当時住んでいた樺太・本斗(現ロシア・サハリン州)で身に覚えがない容疑で逮捕され、カザフにある収容所に送られ、鉱山での強制労働をさせられた。54年に解放されたが、逮捕容疑がスパイ行為だったため、旧ソ連が崩壊するまで監視され、出国できなかったという。哲郎さんは現地で結婚し、家庭も持った。

 ようやく一時帰国できたのは94年。酒田市で親戚との対面を果たした。その後、家族とともに札幌市に一時移住したが、2014年に再びカザフに戻り、20年6月、89歳で亡くなった。日本側が把握している、大戦後の旧ソ連抑留者のうち、解放後も現地に残り存命だった最後の1人とされる。

 晩年は哲郎さんを主人公にした映画の制作がカザフで進んでいた。墓参りのシーンを入れるため監督を務めた佐野伸寿さん(58)が訪日を支援しようとしたが、道半ばでこの世を去った。思いを引き継いだイリーナさんが日本での作品公開を機に来日を決めた。

 15日には市役所で国内での死亡手続きなどを行った。イリーナさんは「父は抑留された時のことをほとんど家族に話さなかった。嫌なことを家族に聞かせたくなかったのだろう」と振り返った。市内の墓地で、哲郎さんの両親をはじめ、祖先が眠る墓に手も合わせた。

阿彦さんの半生映画化

 阿彦哲郎さんの半生を描いた映画「阿彦哲郎物語 戦争の囚われ人」は、日本カザフスタン国交樹立30周年記念作品として制作された。国内では、22日から東京・アップリンク吉祥寺で上映される。佐野監督は「戦争捕虜ではなく、民間人の抑留者を知っている人は少ない。作品を通じて阿彦さんのことを知ってほしい」と語った。

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