戦争犯罪を裁く国際裁判所は「正義」をどう実現しようとしているのか 「人道に対する罪、座視しない」「法の支配を促進する」…2人の日本人裁判官が語ったこと

対イラン制裁を巡って米国に仮処分を出したオランダ・ハーグの国際司法裁判所の裁判官ら=2018年10月(AP=共同)

 ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナ自治区ガザ情勢…。世界では国際紛争や戦争犯罪が疑われるケースが後を絶ちません。こうした中、未曽有の人的被害を出した20世紀の世界大戦を教訓に、力ではなく法に基づいて裁く試みが進められています。オランダ・ハーグにある二つの国際裁判所の日本人裁判官2人に聞きました。(共同通信パリ支局長 田中寛)

【赤根智子・国際刑事裁判所裁判官】

国際刑事裁判所(ICC)の赤根智子裁判官(共同)

 国際刑事裁判所(ICC)は戦争犯罪や人道に対する罪など、とてつもなく大きく悲惨な犯罪と闘うために設立されました。発足してからまだ約20年ですが、少しずつ成果を上げてきています。その目的を達成するためには一つずつ成果を上げること。手続きにのっとった捜査と訴追で責任を追及していく作業を繰り返すことが重要です。そうすることで、ICCがあるがゆえに犯罪が抑止されるということにもつながるのです。

 大きな戦争犯罪があった時、それを事件として処理して法の裁きを経ることで、正義が実現されたという意義をもって被害者が前に進む一つのきっかけにしてもらいたいです。死んだ人は生き返らないし、被害者の心の傷は全ては癒えないかもしれませんが、次に進もうという気持ちになってもらうには裁判は大きな役割を果たすのではないかと思っています。

 ロシアのウクライナ侵攻で、自分自身も目が覚めた気がします。世界の多くの地域で国際紛争の危険が増しているように感じます。日本も国際社会の一員として、戦争犯罪や人道に対する罪に適切に対処できるよう国内法の整備を図ることや、ジェノサイド条約に加盟することが急務です。戦争犯罪や人道に対する罪を決して座視しない姿勢を示していくことが重要です。

ウクライナ・ブチャで、遺体が埋められた現場を訪れた国際刑事裁判所(ICC)のカーン主任検察官(左手前)=2022年4月(ロイター=共同)

 法整備をすれば、そうした罪を犯した人物が日本に入国した場合は捜査・訴追の可能性が出てくるため、日本の刑事司法関係者の関連知識や実務能力も高まります。そうすることで、日本をより広く世界に向けて開き、若者たちが世界でもっと貢献できる社会に脱皮していけるのではないでしょうか。日本の若者には、世界市民としての役割を果たすことを期待します。

 ICCの裁判官はそれぞれ国籍も、法律のバックグラウンドや前職も違い、意見が合わないこともあります。多様性の中で答えを見つける過程は難しいですが、互いの意見を尊重することにつながっています。そうした中で一番真実に近く、正義を実現する方策を見いだす。そこに学びがあります。

 ウクライナ侵攻に絡んでICCがロシアのプーチン大統領らに逮捕状を出したことを受け、私自身もロシアから指名手配を受けました。しかし、そのことでICCの業務が害されてはいけません。今後も普通にやっていくだけです。

オランダ・ハーグの国際刑事裁判所(共同)

 ▽略歴
 あかね・ともこ 愛知県出身。1982年に検事になり、函館地検検事正などを歴任。2018年3月から現職。

 ▽国際刑事裁判所とは
 人道に対する罪や大量虐殺、戦争犯罪などを犯した個人を訴追、処罰するための常設の国際刑事裁判機関。2003年、オランダのハーグに設置された。日本は2007年10月に加盟。ロシアや米国、中国などは加盟していない。2023年3月、ウクライナからの子ども連れ去りに関与した疑いがあるとして、戦争犯罪容疑でロシアのプーチン大統領らに逮捕状を出した。

【岩沢雄司・国際司法裁判所裁判官】

国際司法裁判所(ICJ)の岩沢雄司裁判官(共同)

 国際社会は国内社会と違って裁判が普通に行われる状況にはありません。国家間の紛争を扱う常設の裁判所ができたのは戦禍が非常にインパクトがあった第1次大戦の後で、長い人類の歴史の中でわずか100年くらい前の話です。しかし、紛争を力ではなく法に基づいて裁く仕組みができたのはとても大事なことです。

 国際司法裁判所(ICJ)が法を適用して判決を出し、紛争の平和的な処理に貢献していくのはとても意義があることです。それによって国際社会における法の支配を促進することにもなります。国際社会が国際法というルールによって規律される仕組みを強めていくという役割をICJは果たしていて、それが国際平和の維持にもつながっていくと思います。

 国際裁判は紛争当事国の同意がないとできません。そこが国内裁判と大きく異なり、最も難しいところです。同意の与え方の一つとして裁判の受け入れを事前に受諾する方法があり、受諾宣言をしている国の間では裁判が成り立ちます。日本は宣言をしていますが、宣言国は国連加盟国の3分の1しかありません。残りの国は宣言をしていないので裁判が成立しにくいですが、今後より多くの国が宣言をするようになれば、紛争が起きた時に提訴することが容易になります。

 もう一つの問題点は、国内の裁判所と違って、判決を国が守らない場合、裁判所には執行する力がないことです。

 ICJで扱われる紛争件数は近年増えています。ICJが国際社会の多くの国から信頼を得ていることを示していると思います。かつては国境や海洋境界画定紛争が多かったですが、最近は多様化していて、人権や環境を巡る紛争も多くなりました。

ミャンマー国軍によるロヒンギャ迫害を巡り判断を示す国際司法裁判所(ICJ)の法廷=2020年1月、オランダ・ハーグ(ロイター=共同)

 私は裁判官になる前は学者として40年以上、国際法の研究と教育を行ってきました。それを具体的な事件に適用するというのが今の仕事で、今までやってきたこととそう違いません。ここで扱う紛争は当事国の交渉で解決できなかったもので、政治的にもセンシティブで難しく、裁くのはなかなか大変です。誠実にルールを解釈し、事件に当てはめて結論を出すということを真摯にやっていくつもりです。

 国際社会においては法の支配や、それを支え促進することが大事です。日本の方々には、それに貢献しているICJの活動をぜひ理解しサポートしてもらいたいです。

バングラデシュ南東部コックスバザールにあるイスラム教徒少数民族ロヒンギャの難民キャンプで、ミャンマー国軍などによるロヒンギャ迫害に関する国際司法裁判所の審理を見る難民=2019年12月12日(ゲッティ=共同)

 ▽略歴
 いわさわ・ゆうじ 東京都出身。東大大学院教授(国際法)などを経て、2018年6月から現職。

 ▽国際司法裁判所とは
 オランダ・ハーグにある国連の主要な司法機関。国境紛争など国家間の争いを国際法に従って平和的に解決する役割を担う。当事国双方が同意した上で裁判を行う共同提訴と、一方の当事国が訴える単独提訴がある。裁判官は原則15人。裁判は裁判官9人で成立し、多数決で決裁。ウクライナは2022年2月、ロシアの侵攻には正当な理由がないとして提訴し係争中。

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