「結局、前科がつきました」SNSでの誹謗中傷、被害者が本気出すとどうなる? 身元すぐ判明→賠償拒否→告訴→罰金刑

イメージ写真(記事の内容とは無関係です)

 2021年3月、あるコスプレイベントの告知がツイッターに投稿された。コスプレをした参加者が、「蔵造り」で知られる埼玉県川越市の街並みを散策する予定だった。
 すると、SNSで根拠のない批判にさらされた。
 「こちらの主催、無許可です」
 「(参加した場合)事情聴取される可能性が高いです」
 これらは誤りだった。この種のイベントに警察の許可は必要ない。地域の関係者も事前に理解していた。しかし、誤情報は瞬く間に拡散。イベントは中止に追い込まれた。
 SNSでの誹謗中傷は、姿の見えない投稿者からの攻撃だ。被害者は泣き寝入りするケースも多い。しかし、このイベントを企画した会社の菩提寺由美子さんは違った。開示請求で発信者を突き止め、損害賠償、刑事告訴まで踏み切った。被害者にとって裁判は時間的にも精神的にも大きな負担だ。それを乗り越えた菩提寺さんに話を聞くと、「(2020年に命を絶ったプロレスラーの)木村花さんを思い浮かべた」という。(共同通信社=赤坂知美)

川越の町並み

 ▽身近な誰かの嫌がらせかも。疑心暗鬼に
 当初、イベントの準備は順調に進んでいた。地元の商工会議所に事前連絡して了承を得ていた。必要な許可などの打ち合わせも済んでいた。この種のイベントに道路使用許可は不要だ。他の着物レンタル店やバスツアー客が参加するイベントも、申請なしで問題なく開催されていた。警察にもイベント当日の巡回をお願いしてあった。
 このため、SNSで批判が広まった直後に、「開催に法的問題はない」と投稿した。しかし、拡散は誤った情報の方が早く、信用されやすかった。根も葉もないうわさを広めたのは誰なのか。菩提寺さんは当時の気持ちを振り返る。「身の回りにいる友人や知人ではないかと思い怖かった」

資料を見ながら訴訟を振り返る菩提寺さん

 ▽友人たちの励まし「あなたは悪くない」
 結局、イベントは中止に追い込まれた。事前に予約していたホテル代や交通費が無駄になった人もいた。開催に力を貸してくれた人にも申し訳ない。楽しみにしていた人々の顔を胸に浮かべると、「誹謗中傷の被害を世に出さないと」と気持ちが固まった。
 知人を通じて弁護士に相談した。まずはSNSで情報を発信した人を特定する「開示請求訴訟」で投稿者の男女3人を特定した。3人とも全く面識がなく、付近に住んでいる訳でもない人と分かった。いったんは胸をなで下ろした。ただ、根拠のない誹謗中傷を安易に拡散したこの3人を許せなかった。

賠償請求訴訟の書類

 一方で、裁判を続けるのはしんどく、精神的につらい日々が続いた。そんなとき、周囲の信頼できる人たちに中傷のことを話すと、笑い飛ばしてくれた。
 「あなたが悪いわけではない」。この言葉に救われた。
 3人に損害賠償を求める裁判を起こした。2022年~23年にかけて判決が出た。いずれも勝訴で、1人当たり最大で96万円の賠償命令を勝ち取った。
 ただ、弁護士費用などを考えると赤字だ。しかも、全額を支払ったのは3人のうち1人だけで、女性2人は体調などを理由に支払いを拒んでいる。3人が直接謝罪に訪れることもない。
 そこで、菩提寺さんは支払いを拒んだ女性2人を刑事告訴。その結果、2人とも名誉毀損罪で略式起訴され、裁判所はそれぞれに罰金10万円の略式命令を出した。

菩提寺さんの会社が企画した過去のイベント(菩提寺さん提供、画像は一部加工されています)

 ▽誹謗中傷は突然、誰にでも起きうる
 菩提寺さんは訴訟などを進める中で、プロレスラーの木村花さんを思い浮かべたと語る。花さんはテレビ番組に出演後、SNS上の誹謗中傷を受け、2020年に自ら命を絶った。
 しかし、誹謗中傷をした投稿者が侮辱罪で受けた「科料」の額は、わずか9千円だけ。
菩提寺さんは「木村さんと比べれば自分が勝ち取った判決は、一歩前進と言えるかもしれない」と話す。
 一連の出来事を振り返り、こう形容した。「空から石が突然降ってくるのと同じ」。中傷を受けなければいけない原因は菩提寺さんにはない。意図せず災害に遭うようなものだと考えないと、やりきれない。

菩提寺由美子さん

 同じように中傷に悩む人がいるはず。そんな人に菩提寺さんは呼びかけたい。
 「決して自分に非があると思わないで。自分ひとりで抱え込まず、まずは信頼できる人に相談してほしい」

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