〈1.1大震災〉非常時も「優しや」 輪島・鵠巣の旅館 被災県外客に1日3食

旅行中、滞在先で被災した笠井さん(左)と西山さん=13日午前10時半、輪島市大野町の旅館「ねぶた温泉海游能登の庄」

 13日、一部の孤立状態が解消された輪島市鵠巣(こうのす)地区で、年末年始の旅行中に被災した家族と出会った。神奈川県大和市の笠井嘉人さん(54)、妻の直子さん(54)、妻の父西山驍(たかし)さん(93)。3人によると、滞在先の旅館は物資が届きにくい中でも1日3食の温かい食事を提供してくれた。「営業を再開したら、また泊まりに来ます」。一家は非常時に受けたもてなしに感謝し、再訪を約束した。(前輪島総局長・中出一嗣)

 鵠巣地区では、市街地へつながる海沿いの国道249号が土砂崩れでふさがれた。13日午前10時、通行止めのコーンが撤去されると、60代の住民男性は「やっと風呂に入れる。金沢に行ってくる」と軽自動車を走らせた。

 大野町の旅館「ねぶた温泉海游能登の庄」を訪ねると、大向洋紀社長(68)や従業員が館内の片付けを進めていた。「大変な状況ですが、お客さんが無事で良かった」。大向社長によると、地震発生時、50人近い宿泊客がいたが、けが人はいなかった。12日までに笠井さん一家を除く全員が歩いて地区外へ逃れたという。

 一家は大みそかから2泊の予定で旅館に滞在しており、笠井さんは地震発生時、大浴場にいた。「外出先で地震に遭っていたら大変なことになっていた。不幸中の幸いだった」と振り返る。

 他の宿泊客は徒歩で脱出していったが、笠井さんは妻の父である西山さんが高齢のため諦めた。道路が寸断され、支援物資は十分に届かない。食うや食わずの避難生活も覚悟したが、そうはならなかった。

 西山さんは「娘夫婦だけなら早々に帰ることもできたが、私がいるばかりに迷惑をかけた。自分たちも大変なのに、本当によくしてくれた」と語り、旅館側の心遣いに涙を流した。

 天候の回復を待ち、14日にも宿を立つ予定という笠井さんは「一日も早い地震からの復興を願っている。そしてまたこの旅館で泊まりたい」と語った。

  ●避難所運営に心配

 300人を超える住民らが身を寄せる避難所の鵠巣小では、名古屋市から帰省中に被災した山下充良太(あらた)さん(26)が避難所の運営を手伝っていた。

 山下さんは「仕事も抱えており、助かる」と孤立解消を喜ぶ一方、こんな不安も口にした。「避難所を切り盛りする若者の多くは帰省者。それが全員出て行ったら、ここはどうなるのか」

 市街地へのアクセス道がつながったとはいえ、停電や断水は続いたまま。「住民をスムーズに2次避難させるためにも支援内容を明確にしてほしい」と語った。

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