●寒ブリ600匹、海の男の目に涙
奥能登の漁師たちが確かな一歩を踏み出した。地震で甚大な被害を受けた珠洲市の蛸島漁港で21日深夜、定置網漁を再開した。年末に仕掛けた網は無事で、水揚げは寒ブリ約600匹やタイ、フクラギなど15トン。自宅も事務所も漁港も損壊し、今回は試行的な漁となったが、「能登の新鮮な魚をたくさんの人に届けたい」と話す漁師の目には力があった。(社会部・北代翔人)
21日午後10時、強い雨が降る中、港で漁の準備を進めていた田川漁業社長の田川益蔵さん(65)=珠洲市蛸島町=に声を掛けると「本格再開じゃなく、お試しやけどな」と返ってきた。
●避難した従業員も
田川さんによると、会社所有の定置網漁船2隻は被害が無かったものの、岸壁には隆起や地割れがあり、漁港内にある事務所は書類が散乱し使用できない状態になった。15人いた従業員の中には金沢などへ家族で避難した人も少なくない。
同じくこの日、船を出すという「小泊十六号定置網」も魚の選別機や給油設備のパイプ、製氷機が大きな揺れで故障した。代表の上野登起男さん(74)=珠洲市三崎町=は「もう船が出せんと思っとった」と振り返る。
二つの会社は年末に定置網を設置し、4日に初物を揚げる予定だった。しかし、網はそのままに。日本財団(東京)が岸壁を一部修理し、氷は金沢の市場から運ぶ手はずが整い、ようやく出航できるようになった。
午後11時ごろに出航した計5隻の船が戻ってきたのは22日午前2時ごろ。船の上には漁師のほっとした表情が見えた。
ブリやタイ、フクラギなどが次々と揚がり、田川漁業は約10トン、小泊十六号定置網は約5トンの水揚げがあった。いつもなら漁港で競りを行うが、設備が復旧しておらず、箱に詰めてトラックに載せ、金沢の市場へ運ばれていった。
●煌(きらめき)級の大物
推定10キロ超のブリも捕れたようで、上野さんは「煌(きらめき)(最高級ブランド)に匹敵する大きさ。珠洲の魚を食卓に届けられるのはうれしい」と目に涙を浮かべた。
ただ、今後の見通しは両社とも未定という。田川さんは「従業員の住む場所を確保しないと本格的な再開は難しい。漁業者向けの仮設住宅を行政が検討してほしい」と話す。
それでも、漁ができると確認できたことは、希望になったに違いない。