心の時計

 日本一短い手紙のコンクール「一筆啓上賞」の今年の大賞5作品が先ごろ発表された。その一つ、25歳の孫から亡き祖父へ。〈火葬場から帰る車の中、膝の上に小さい爺(じい)ちゃんが居て、あぁ昔と逆だなって思ったよ〉▲昔日を追想し、亡き人をしのび、時の流れをかみしめる。それとは違い、時よ戻れと願ったり、心の時間が止まったりすることもある。不意に家族の命を奪われた人がそうだろう▲多くの事件で、災害で、追想にしみじみ浸れない人々を私たちは見聞きしてきた。悔いが残る、悔しい。不慮の死には常に「悔」の一字がついて回る▲22歳の娘を失った母親は「あの時間の前に戻れたら」と、娘を助け出す場面をいつも思い描くという。36人が命を落とした京都アニメーション放火殺人事件の公判で、ご遺族の陳述には心の時計が止まったような言葉が多かった▲京都地裁は青葉真司被告に死刑を言い渡したが、それで遺(のこ)された人々の時は動き出すのかどうか。判決は、被告に心からの反省がないとした。ご遺族の心で「悔」の字は消えまい▲日本一短い手紙に、51歳の女性が残した過去の作品がある。〈「いのち」の終(おわ)りに三日下さい。母とひなかざり。貴男(あなた)と観覧車に。子供達に茶碗(ちゃわん)蒸しを〉。夢想の中のささやかな3日間さえも望めない命があった。(徹)

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