福井と東京2拠点生活「今、すごくいいバランス」 広がる働き方の可能性、起業もしやすく

笑顔で撮影する新井智子さん。東京と福井の2拠点生活は心地よいという=2023年11月28日、福井県坂井市三国町北本町2丁目
福井ベンチャーピッチでプレゼンする福井大学4年の野田周成さん。2022年に合同会社を立ち上げた=23年11月、福井県福井市のハピリン

 はじけるような笑顔で現場の雰囲気を和ませながら、シャッターを切る。福井県あわら市出身のフリーカメラマン、新井智子さん(43)は2023年5月から、福井と東京の2拠点生活を始めた。

 同年11月は、坂井市の飲食店で雑誌記事の取材。小ぶりのトランクから、スタンドやレフ板を取り出し、てきぱきと料理の撮影を進めた。月に1週間ほどは福井県内で仕事をこなす。「モノでも人でも、ありのままの姿を撮るのが好き。福井でも東京でも、自分の表現の幅の中で撮ることに変わりはない」

 実家の母親と交わす何げない会話や、仕事を通じて広がる福井での新たな人脈が心地よい。「今、すごくいいバランス」。重い撮影機材を抱えての新幹線乗り換えも3月まで。「福井を離れて仕事をしていても、私のように2拠点を選ぶ人は増えるんじゃないかな」

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 県内のベンチャー企業が事業計画を投資家らに発表する「福井ベンチャーピッチ」。2017年にスタートし、福井の起業家の挑戦の場として定着。23年11月に福井市内で開かれた9回目には6人が登壇し、20~30代前半の若者が4人を占めた。ベンチャーピッチを立ち上げたふくい産業支援センターの岡田留理さんは「従来のコア層は30代後半~40代で大きな変化」と、若返りに驚く。

 前回までのベンチャーピッチで目立ったのは、親族から事業を引き継いだ30代後半~40代の2代目、3代目経営者。新たなアイデアで事業拡大を目指す“跡継ぎベンチャー”から、自社を新たな成長段階に引き上げた成功事例も生まれた。

 登壇者の若返りについて、岡田さんは「起業を目指す若者の身近な目標となる跡継ぎベンチャーが増えてきたタイミングと、都市との“距離”を縮める北陸新幹線の県内延伸が重なり、『福井でも挑戦できる』と考えるようになってきた」と分析する。

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 「周りの同級生たちが就職していく中、自分は起業の道を選んだ」

 今回のベンチャーピッチに登壇した福井大学工学部4年の野田周成さん(21)=福井市=は、デジタル関連の業務ができる学生アルバイトを企業に派遣する合同会社「HOMEY」を22年7月に立ち上げた。

 会社設立前、野田さん自身が福井市内のIT企業でアルバイトをしてプログラミングを習得した。当時は受け入れてくれる企業探しに苦労した。「東京のIT業界の方が学生派遣のニーズはあるだろう」との思いもあるが、福井での起業に迷いはなかった。

 今や都会で学生起業家は珍しくない。野田さんは「どんないいアイデアでも都会では埋もれてしまうことがある。福井で頑張っていれば、サポートしてくれる大人が大勢いる」。頼れる先輩の若手経営者たちが身近にいる環境を捨てる気にはなれなかった。「必要な情報はネットで得られるし、東京で用事があれば北陸新幹線ですぐ行ける。福井で起業する難易度は下がっている」

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 東京在住の新井さんは、新幹線に乗って福井に戻り、取材先まで車を走らせていると、野山の表情が毎月変化しているのに気が付くようになった。高校を卒業し県外に進学してから、ずっと都会暮らし。今初めて実感する古里の魅力は「東京で検索してもたどり着けなかった。でも東京には東京の良さがある。今は両方が楽しい」。

 2拠点生活を始めてから4カ月後の23年9月、闘病中の父親が73歳で亡くなった。寡黙な父との会話は少なかったが、実家の食卓には自分の写真が掲載された地元誌が置かれていた。新井さんは「きっと写真、見てくれてたんじゃないかな」とはにかんだ。

 福井に軸足を置いてビジネスに挑戦する若者もいれば、軽々と都会と行き来しながら表現の幅を広げるクリエーターもいる。新幹線は若者の多様な働き方を支えるインフラといえる。

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