足湯がある中庭には恐竜3体が描かれた横長のパネル。「ここ、めっちゃ恐竜推しやん」。福井県あわら市の温泉旅館グランディア芳泉を訪れた関西の20代のカップルは、笑顔でスマートフォンを向けた。
この旅館には、行政の補助を受けた恐竜ルームが2部屋ある。床の間に恐竜のデザイン画、ベッド近くの恐竜画には組子細工が施してある。
一般の部屋より割高だが、稼働率は90%超。夏休みは県外の家族連れ、若い女性グループらの予約で埋まる。山口高澄常務(36)は「恐竜というコンテンツは強くて分かりやすい」。宿泊客の多くは、リニューアルした福井県立恐竜博物館(勝山市)へと向かう。
福井県は2023年に続き、3月からあわら温泉と恐竜博物館を結ぶバスの直行便を実証運行する。恐竜ルームは6市の14ホテル・旅館に広がった。北陸新幹線県内開業を前に、福井の“恐竜推し”は加速する。
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母親たちは、恐竜好きの子どもたちより興奮した様子だった。「想像以上に素晴らしい」「子どもより私が楽しんでしまった」「帰りたくない」―。
恐竜専門店「ダイナソーベース」(福井県越前市)が2023年10月に実施した、県立恐竜博物館や地層見学、恐竜講座などを組み合わせた1泊2日のツアーには宮城、神奈川、愛知県、大阪府、福岡県から5組の親子が参加した。
店舗を運営する山耕(本社越前市)の山田耕一郎社長(51)は「初企画だったが、恐竜王国福井を楽しんでもらえた」と話す。
ダイナソーベースは、ランドセル専門店「イクラボ」として、16年から恐竜をデザインしたランドセルを販売してきた。当初は県内向けだったが、交流サイト「インスタグラム」などで話題になり、21年からは全国で出張展示会を開催している。
23年4月、店舗はランドセルから恐竜専門店に変わった。Tシャツやぬいぐるみ、キーホルダーなど、ランドセル以外に恐竜に特化した約50アイテムが並ぶ。
恐竜ブランドを前面に押し出したことで、都市部での化石販売会、宝石の原石や化石を並べた「ミネラルマルシェ」といったイベントの出店依頼も増えた。
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1993年、リアルな映像を駆使した恐竜映画「ジュラシック・パーク」が劇場公開された。97年、2001年には続編が上映された。恐竜博物館は、その合間の00年にオープンした。
谷川由美子館長は「恐竜の認知度が上がったタイミングでのスタートになった」と話す。間口は広がり来館者は増え続けた。
23年7月のリニューアルオープンで、展示物や仕掛けはグレードアップ。一般の観覧料は730円から千円になったが、同月以降の来館者数は70万人を超え、コロナ禍前を上回る。
県内のある観光関係者は「ブランドはそこに至るまでのストーリーが大事、と言われるが、恐竜は何の説明もいらない。文句なしに刺さる。だから強い」と指摘する。
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恐竜博物館の来館者は9割以上が県外だ。22年度は近畿(2府4県)が32.30%、東海(4県)が25.27%、関東圏(1都3県)が15.11%。認知度にも差があり、富山国際大学の23年2月のインターネット調査によると、関西(2府)での恐竜博物館の認知度は28.7%なのに対し、関東(1都2県)は17.2%だった。谷川館長は「北陸新幹線を契機に、関東での恐竜博物館の認知度を上げ、多くの人を呼び込みたい。福井を周遊する旅の入り口になりたい」と意気込む。
グランディア芳泉の山口常務は「恐竜を入り口に、グランディアを知ってもらうことができる。従来とは違うお客さまとの接点ができる」と、市場開拓に期待を込める。
恐竜王国福井はエンターテインメント性だけではない。福井県立大学には25年4月、恐竜学部(仮称)ができ、学術的にも国内のトップを独走する。今年も恐竜ツアーを企画する山田社長は「恐竜学部の生徒がツアーに同行してくれるようになれば、参加人数を増やせる」。学術的要素も備えた恐竜というコンテンツは、全国から人を呼び込む力があると強調する。
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