今昔物語~水上温泉郷~

「上信越国立公園・水上温泉郷」(発行:水上町観光協会・水上温泉旅館組合)と記した古いパンフレットをネットオークションで見つけて手に入れることができました。

観光協会と旅館組合のダブルネーム

表1と表4が表裏となっていて、どちら側からもメインとする写真を見ることができる装丁です。そして、当時インバウンドを意識したかどうかまではわかりません。しかし、日本語表記側のメイン写真は「しゃくなげ」。英語表記側の写真は「諏訪峡」。もみじ公園からの撮影ということがわかります。まだ、左岸側(写真右側)の遊歩道もなく、奥の山の中腹には関越自動車道の橋脚も見ることができませんね。

よくできていますね!

電話番号も、今まで見たことがない番号、おそらく昭和30~40年代のころかと…。

地図をよく見ると…

名勝と旅館案内図

温泉街の東側に「水上スキー場」、シャンツェ(ジャンプ台)の表記があります。また、谷川岳の避難小屋として「扇小屋」、今の肩ノ小屋だと思います。多分、トマの耳と谷川富士、今のオキの耳だと思います。

そして、藤原湖には遊覧船のルートがあります。今は矢木沢ダムの湖底に沈んだ湯之花温泉の表記もありました。

なんだか感慨深いですね。

旅館の案内を見てみましょう

旅館の軒数は32軒。電話番号は2桁か3桁といたってシンプルです。この頃はいわゆる電話交換手さんがいた頃でしょうか?

設備案内で奥利根館さんと聚楽さんには、なんと、理髪店もあったのですね。2食付きで1000円から。え?今の1/10?それ以下です。そのほか、今では当たり前となったテレビの有無をはじめ、ダンスホール、バンド、ジュークボックスの表記が目に留まります。お酒を飲み、浴衣姿で宿時間を満喫する雰囲気がひしひしと伝わってきます。

楽しいだろうな~、その頃。

旅館御案内## シンボルは、やはり「谷川岳」

今も昔もやはりシンボルは山、「谷川岳」です。こちらは、湯桧曾温泉の最北から谷川岳を写した写真です。眼下には利根川の支流で谷川連峰の雪解け水が注ぎ込む「湯桧曾川」が写っています。左奥の山頂から、トマの耳、オキの耳、一ノ倉岳、そして、最奥はみなかみのマッターホルンこと武能岳です。

谷川連峰と藤原ダムの立岩

私は、この写真、アルプスの河童橋に勝るとも劣らない景色だと思います。いや、比べてはいけませんが、スイスアルプスにも匹敵する絶景だと思います。今も昔も「山」をテーマとした山岳都市観光。季節ごとに情景の変わるこの景色がとても好きです。

多くのみなさまにご覧いただきたい。

私は昔の雰囲気が伝わってくるこのようなパンフレットや資料が好きです。何故ならば、現代にいながら、タイムスリップしたような感覚を覚えることができるからです。そのように感じています。

(これまでの寄稿は、こちらから)

寄稿者 木村崇利(きむら・たかとし) (一社)みなかみ町観光協会

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