震災アスベスト、30年目の脅威を問う 長い潜伏期間、これから顕在化か ビル解体現場のすぐ横を通る人、作業員はマスクせず

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 阪神・淡路大震災で倒壊した建物からアスベスト(石綿)が飛び散った。被災地にいた人たちの健康被害は今後どうなるのだろう。私たち取材班は20年以上、この問題を追ってきたが、被害拡大を否定した専門家は1人もいない。がれきや粉じんに潜む微細な石綿繊維。東日本大震災、熊本地震、そして能登半島地震。阪神・淡路の発生から30年目の今、その脅威を問いたい。(中部 剛)

■大量に飛散、環境基準の25倍

 石綿は耐火性に優れ、加工しやすく安価。ビル、造船などに多用され、日本の経済成長を支えた。その一方、吸い込むと長い潜伏期間を経て人の命を奪う。

 1995年、堅牢(けんろう)なビルが無残な姿になり、あちこちで解体工事が進んだ。民間研究機関、環境監視研究所にいた中地重晴(現・熊本学園大教授)は、崩壊したビルで毒性の強い青石綿がむき出しになっているのを見た。神戸市東灘区の国道2号交差点近く、マンションの解体現場そばで石綿濃度を測定すると、大気1リットル中、160本、250本の石綿繊維を検出。すぐ横を人が通り、作業員はマスクすらしていなかった。

 大気汚染防止法が定める敷地境界基準の16倍、25倍の濃度だ。石綿疾患のリスクを高める数値であり、中地の行動は「命がけの調査」と言われた。国立環境研究所の寺園淳は95年2~4月の解体対象の建築物に300トンくらいの吹き付け石綿があったと推計している。

 これまで、がれきの撤去などに携わった5人が石綿疾病で労災、公務災害認定されている。芦屋市の男性について西宮労働基準監督署の調査記録にこんなやりとりが残されている。

 労基署「被災者(男性)は阪神・淡路大震災後、解体作業や改築作業に従事し、石綿の暴露を受けたと申述しています」

 主治医「中皮腫の原因として、解体作業時のアスベスト混入によることが強く考えられる」

 主治医「今後、神戸中心に悪性中皮腫が多発すると思われる」

■ボランティアも健康被害か

 独立行政法人環境再生保全機構は2021年から石綿健康被害救済制度の被認定者に震災に関するアンケートを始めた。給付金の受給者は、労災保険が適用されない石綿疾患患者が対象。つまり、労働者ではないボランティアや一般市民である。神戸新聞社が昨年、機構に情報公開請求をしたところ、石綿被害者の17人が阪神・淡路を経験したとアンケートに答えた。

 そのうちボランティア経験者が2人。うち1人は神戸市垂水区の男性(78)で「理髪業」とあり、被災地で活動したボランティアの被害懸念が浮上した。同機構に助言する専門家委員会の委員で、独立行政法人労働安全衛生総合研究所フェロー研究員の神山(こうやま)宣彦は「まだ評価はできない」とする一方、「一般の人の石綿被害も『あり得る』と考えてアンケートを実施した」と明かした。

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 阪神・淡路で堺市も揺れ、大阪湾沿岸地域の多くの民家の屋根瓦がずれた。このとき修繕にあたった大工の男性(76)が、肺がんを発症。石綿を吸い込んだことを示す石綿小体が肺にくっきりと現れていた。

 男性は石綿繊維を含む「カラーベスト」という屋根材を剝がしてふき替えるという作業を半年ほど続け、ここで石綿を吸い込み、肺がんを誘発した可能性がある。マスクは着用せず、男性は「危険性など知らなかった」と話す。

 震災が誘引した石綿被害は長い潜伏期間を経てこれから顕在化する。今私たちが見ているのは、被害のごく一部なのかもしれない。(敬称略)

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