「今日はハグしてないから」
県東地区の中学1年優(まさる)君(13)=仮名=が切り出すと、それに応えた母陽佳(はるか)さん(51)=同=が手を広げ、優君を抱きしめる。
「愛情は0円だから伝えておこう」。そんな思いで陽佳さんが優君の幼少期から続ける母子の日課。
でも最近は、優君が陽佳さんの健康を確認する意味合いも大きい。
陽佳さんは8年前からがんで闘病している。中学生になった優君には気恥ずかしさもあるけれど、ハグは母の温かみを感じられるとともに、母をいたわることができる大切な時間だ。
◇ ◇
2023年秋。優君が陽佳さんに話しかけた。
「バイトできたらな」
その言葉を陽佳さんは複雑な思いで受け止めた。
働くことに関心を抱くようになった優君の成長を感じる半面、中学1年生に働くことを考えさせてしまうという申し訳なさが頭をもたげた。
トラック運転手の父(51)、弟(11)を加えた4人家族の優君。陽佳さんが闘病以来働けなくなり、家計は父が1人で支えてくれている。だが、高額な医療費などで生活は苦しい。
陽佳さんは以前、優君に「働けば好きな物を買えるよ」と話したことがあった。最近、スマートフォンを欲しがっていることも知っている。買ってやれない後ろめたさが募った。
ただ、優君が働くことに興味を持ったきっかけは、「欲しい」だけではない。
優君は、陽佳さんが体調が良くない中でも、自分たち家族のために料理や洗濯などの家事をしてくれる姿をずっと見てきた。
お金を稼ぐことができれば、「いつも頑張っている」ように見えてしまう陽佳さんを楽にすることができるはず。
もちろん中学生が働けないことは分かっている。でも、「バイトできたらな」には、そんな思いが表れている。
◇ ◇
スマホでもなく、上履きでもない。優君にとって「欲しいもの」の優先順位の一番は陽佳さんの健康。
「お母さん死なないでね。長生きしてね」
優君は時々、陽佳さんをいたわる気持ちを込めて願いを伝える。
突然いなくなってしまうのではないか。時折、心配で胸が押しつぶされそうになる。
そのたび陽佳さんは、「病気にならないように気をつけているし、見つけたら手術して長生きするつもりだよ」と決まって返してくれる。
不安を感じさせまいとする陽佳さんの優しさを、優君は感じる。その間だけ、不安はほんの少し和らぐ。