ソフトバンクは黄金ルーキー前田悠伍をスケールの大きい投手に育てられるか? 「1年目からのデビューは?」の声も上がるが…

お手並み拝見といったところか。

「きっちり将来のエース候補として育てるのが我々の役目。はよ上げろって言わないようにしたい」

ソフトバンクのドラフト1位ルーキー前田悠伍が第4クールの第1日に初めてブルペンに入った。立ち投げのみのたった30球弱だったが、ソフトバンク・小久保裕紀監督は努めて冷静にゴールデンルーキーの育成計画について語っていたのが印象的だった。

小久保監督の就任に伴って米国留学を経験した倉野信次氏がピッチングコーチ(兼ヘッドコーチ)に復帰。「詳しくは倉野に聞いて」と指揮官が言うくらい全幅の信頼を置いているが、二人の間では前田への「特別育成プログラム」があるようだ。

高卒ルーキーが1年目からメジャーで活躍することはアメリカではまずあり得ないが、倉野コーチが就任した意味はそうした高校生の逸材をいかに育て上げられるかだろう。日米で文化が異なるとはいえ、段階的な育成計画が必要なのは明らかである。

とはいえ、前田の初ブルペンに驚いた人も少なくなかった。小久保監督はその一人で「ほぉ~」と感嘆の声を上げるほどだった。

小久保監督が話す。
「率直にいってモノが違うなと思いました。ビックリするような真っ直ぐと言うわけじゃないけど、あれだけリリースが一定してバランスを崩さず投げられる。初ブルペンという中でね。12月までは大阪桐蔭でピッチング練習をしていたとはいえ、1月からはピッチング練習を禁止にしていましたから。1球だけ、僕は真後ろに行って見てみたんですけど、きっちり構えたところに投げていました。あれができるのは、多分、どんな状況であっても体がある程度バランスが取れているから。出力の出し方も含めて出来上がっているんだろうなと。どこをイジるの?って思いました」。

素材の良さを目の当たりにしてしまうと早期のデビューを期待してしまうものだ。メディアの中にも「特別育成プログラム」があるのを認識していながら、早速「1年目からのデビューはありますか」という質問が出ていた。

全く支離滅裂なやり取りだが、日本の野球界は往々にしてこうなりがちだ。素材が良いからこそ大事に育ててスケールを大きくすることを考えるべきところを、「早く見たい」と考えてしまう。挙句、育成の順序を間違える。そうして将来有望な高校生を潰してきたという背景が日本の野球界にはゴマンとあるのだ。どう育成していくかはしっかりと見ていく必要がある。
前田は初ブルペンを「最初にしては良かった」と口にした後、こう振り返っている。

「今日はしっかり立つというところをまず意識して、そこから前につっこまないようにすることを考えながらやっていたので、そこはしっかりできていたんじゃないかなと思います。初めて自分のピッチングを監督に見ていただいたので、すごく楽しかった。緊張感のある中でしっかりとした自分の球を投げられたのは良かった」
たった30球弱だから何も語るほどのものではない。ただ、前田はプロに入り、自身と一軍で活躍する選手の差を大きく感じているようで、周囲が求めるほどの「焦り」は全くなく段階を踏んでいきたいというのが頭にある。

前田は言う。

「1日でも早く一軍に上がり、そして一軍のマウンドで投げたいっていうのはあるんですけど焦ってしまって怪我をするのは良くないと思うので、まずは体づくり。一軍で活躍されてる選手を見たら下半身が全然違うので、自分も早く体作りをしっかり頑張って1日でも早くそうなりたいです。今は立ち上げまで来ているので、これから座りの段階も出てくると思う。そういったところでの怪我が一番怖いので、しっかりとしたケアをやって、キャッチボールの段階でバランスよく投げることを意識してやっていきたいです」

おそらく倉野コーチからの助言はかなり効いているのではないかと想像する。「どこで投げるとかは細かいことまでは聞いていない」と計画については知らされていないが、段階を踏んでいくことの重要性を説かれているのだろう。

この日、ブルペンの後に、倉野コーチから助言を受ける場面もあったが、その内容などを聞いてもかなりプロ仕様の考え方を植え付けられているようだ。

「まずは自分に自信を持つっていうところ言われています。これから先輩から聞いたことやピッチングコーチから教えていただいたことがたくさんあると思うけど、その中でも自分のフォームや考えというのは崩さなくていいと言われました。自分(の考え)に自信を持つっていうところこれからもしっかりできればと思う」。
小久保監督も前田の初プルペンに驚嘆する一方で、こんな課題も口にしている。

「やっぱりバッターが立ったときにどうか。課題がいっぱい出てくると思う。(前田は)曲がり球がそんな得意じゃない。チェンジアップが得意。チェンジアップの方が覚えるのが難しいので、そこはいいと思いますが、曲がり球の精度を上げるということでしょうね」
課題を認識しているということはそれだけ大きく育てることの重要性を理解しているからに他ならない。しかし、先ほども書いたように、メディアが「早く見たい」と騒ぎ立てそれに呼応するようになってしまうと計画は丸潰れになってしまう。

事実、小久保監督は「肩肘に問題なければ、早い段階のデビューもある」といってしまっているし、前田も「早く一軍に上がって初勝利を挙げたい」と口にしてもいる。

育成計画をどこまで遂行できるか。そもそも、今年で43歳の和田毅が開幕投手の候補に上がるほど、今のソフトバンクは先発陣の伸び悩みが顕著だ。今、目指すべきは高卒の前田の早期デビューではなく、彼に頼らない投手陣の形成だろう。

「(前田を)早く上げてくれって言わないようにしたい」と小久保監督が言った時、報道陣からは笑い声がたくさんあった。笑い事ではない。ソフトバンクの投手陣復活は、前田の長期育成にあると言えるだろう

甲子園を沸かせた大投手を「早く見たい」のか、「長く見たい」のか――。

ソフトバンクの育成力のお手並み拝見と行きたいところだ。

取材・文●氏原英明(ベースボールジャーナリスト)

【著者プロフィール】
うじはら・ひであき/1977年生まれ。日本のプロ・アマを取材するベースボールジャーナリスト。『スラッガー』をはじめ、数々のウェブ媒体などでも活躍を続ける。近著に『甲子園は通過点です』(新潮社)、『baseballアスリートたちの限界突破』(青志社)がある。ライターの傍ら、音声アプリ「Voicy」のパーソナリティーを務め、YouTubeチャンネルも開設している。

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