宇都宮市内の市営住宅の寝室。布団に入った小学3年生、歩美(あゆみ)ちゃん(8)=仮名=が、隣にいる母親の香(かおり)さん(28)=同=に体をぴたりと寄せ、手を握った。
「いつも、ぎゅって抱きつくの」という歩美ちゃんは、母に触れていないと眠りにつけない。
「小さい頃の愛情不足の影響が、今出ているのかも」と香さん。
歩美ちゃんは数年前まで、そのぬくもりを感じられない夜を過ごしてきた。当時の香さんは昼夜を問わず働き詰め。子どもと一緒に寝たり、お風呂に入ったりした記憶は少ない。
親子が向き合うようになるまで、回り道した。
◇ ◇
18歳で結婚し、歩美ちゃんと長男(7)を出産した香さん。結婚生活は数年で破綻した。
発端は夫の不倫。別れ際、夫は子どものための貯金を全額引き出して姿を消した。一家の元には、手持ちの2万円しか残されていなかった。
シングルマザーになって以降は、ダブルワークをして家計を支えた。昼はパチンコ店、夜は飲食店に勤務。日が暮れると近くにある実家に子どもを預け、毎日、午前4時過ぎに帰宅した。
香さんを毎晩見送っていた歩美ちゃん。「行かないで!」と大泣きしたり、「いってらっしゃい」と手を振ったり。さみしくて、眠れない夜もあった。
その頃の香さんは、稼ぐことが全てだった。「ひとり親だからって子どもに何かを我慢させたくない」。心はいつも張り詰め、周囲との孤立も深めた。
「ちゃんと子育てできてるの?」「大丈夫なの?」。誰かと会うたび、母子家庭への偏見の目にさらされている気がして、会話が苦痛になった。
保育園のお迎えでは、軽くあいさつを交わし、逃げるように先生の前から去った。ママ友もほとんどつくらなかった。孤独だった。
でも、「孤育て」する香さんが自分を変えようと思えたのは、あの日、歩美ちゃんの「心の叫び」を聞いたから。
◇ ◇
歩美ちゃんが保育園年長の頃のこと。園で「願いごと」の絵馬を作る時間があった。
「私の夢はね…」。先生に伝えて、こう書いてもらった。
「ままと いっぱい いっしょにいられますように」
物心つき始めた娘の本音に、香さんは初めて触れた気がした。
「普通は将来の夢とか書くじゃないですか」。でも、書かれていたのはささやかな願い。「やっぱり一緒に居たいよね、さみしかったんだねって実感させられて」。絵馬を受け取った日、香さんは自宅で、1人で泣いた。
夜の仕事を徐々に減らし始めたのは、この頃から。「失われた時間を取り戻さなきゃと思ったんです」