焦点:物価目標へ「最終関門」のサービス価格、弱いGDPでも日銀は強気

Takahiko Wada Kentaro Sugiyama

[東京 21日 ロイター] - 日銀の2%物価目標達成に向け、賃金と物価の好循環見極めの「最終関門」となるサービス価格について、弱い国内総生産(GDP)を受けても、日銀では強気な見方が維持されている。昨年10―12月期の実質GDPは2四半期連続のマイナス成長となり、個人消費の弱さが改めて示されたが、今年の春闘で賃上げが実現すれば消費も支えられ、サービス価格の緩やかな上昇率拡大が続くとの見立てだ。

サービス価格を巡っては、労務費が転嫁しづらい状況から転換を図る動きが出ている。下請け企業が適切に価格転嫁できるよう、政府も指針を作るなど後押ししている。

<迫る財価格との「主役交代」>

全国消費者物価指数によると、サービス価格の前年比伸び率は緩やかに拡大してきている。2023年12月は2.3%で、消費税率引き上げの影響を除けば1993年10月以来の伸び率となった11月から伸び率は変わらず。輸入物価上昇の価格転嫁がはっきりと剥げ落ち、財価格の伸び率は縮小傾向にあり「(財とサービスの伸び率)逆転も段々と視野に入ってきた」(UBS証券の栗原剛・次席エコノミスト)。

焦点は輸入物価上昇という企業の値上げの理由が色あせても、サービス価格の上昇が続くかだ。

<深刻な人手不足が人件費増・価格転嫁へ>

安い賃金では人は集まらない──。関東鉄道(茨城県土浦市)は3月1日から路線バスの運賃の値上げに踏み切る。初乗り運賃は170円から190円に引き上げる。

同社は97年の改定以来、消費増税によるものを除いて運賃を変更してこなかったが、コロナ禍による生活様式の変化で移動需要が低迷し、経営維持には値上げがやむを得ない状況となった。

運賃引き上げの申請理由には、燃料費などの輸送コストに加え、「運転士不足を補うための人件費」も明記された。バス運転士は拘束時間が長く、給料水準も他の産業に比べて低いとされ、業界は慢性的な人手不足に陥っている。給料の引き上げで採用における優位性を高める。担当者は「安心安全快適な輸送サービスに必要なものとして、値上げを理解してもらうしかない」と話す。

<価格交渉の指針、下請け側に「かなり有利」>

政府も人件費の上昇分を適正に転嫁できるよう取り組みを強めている。中小企業庁による価格転嫁に消極的な発注企業の実名公表に加え、内閣官房と公正取引委員会は昨年11月に価格交渉の行動指針を策定。公正な競争を阻害するおそれがある場合は、法律に基づいて厳正に対処することを明記した。村井英樹官房副長官の下に関係省庁の連絡会議を設置して随時フォローアップしていく。

指針の実効性を高めていくため、労働組合も周知活動を徹底していく構えだ。ものづくり産業労働組合(JAM)の安河内賢弘会長は「指針の違反をどこかに訴え出たり、裁判に訴えた時には(下請け側に)かなり有利にはたらく性質のものだ」と話す。

政府関係者は「発注者側が、労務費は受注側でなんとかしてください、あなたの会社の問題だと言ってきたこれまでの慣行を変えることが重要だ」という。

<下請け以外の案件なら人件費「ひそかに転嫁」>

日銀では、輸入物価が下落する中でも予想物価上昇率が保たれていることを背景に、人件費上昇分の転嫁を企業が明示しなくても、実際に転嫁が進んでいるのではないかとの期待感が出ている。

ある中小企業の経営者は「当社はどこかの下請けという訳ではない。特段、価格改訂の内訳を示すことはない」と話す。電気工事を手掛ける青森県の自営業者も、ハウスメーカーからの下請け以外の仕事については「見合った労務費を上乗せして代金を請求している」という。

<個人消費、3四半期連続マイナスの衝撃>

サービス価格への人件費転嫁に向けて官民で機運が高まる中、10―12月期の実質GDPでは個人消費が3四半期連続のマイナスとなった。

エコノミストからは、需要の弱さからサービス価格の上昇持続は難しいとの見方が浮上した。みずほ証券の上野泰也チーフマーケットエコノミストは、個人消費がしっかりしていないと賃金と物価の好循環が浸透しないと指摘。「企業が値上げをしていく際に、値上げに抵抗できる個人消費の強さがないともたない。足元のGDP統計はそういう好条件がないということを示している」と話す。

しかし、日銀内はGDPを受けても弱気ムードに傾斜していないようだ。個人消費が弱いことはすでに織り込み済みで、春闘で賃上げが実現すれば個人消費は支えられ、サービス価格の緩やかな上昇も続くとの声が出ている。

内田真一副総裁は8日の講演でマクロ的な視点を示し、人件費の価格転嫁に楽観的な見方を示した。収益を分母に、人件費を分子として算出する労働分配率は中小企業を含めて低下しているが「もし企業が、昨年春の賃上げ分を全く価格に転嫁できていないのであれば、収益は縮小し、労働分配率は上昇したはずだ」と論じた。

(和田崇彦、杉山健太郎 編集:石田仁志、橋本浩)

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