「何より負けることが嫌い」低迷するスパーズの現状に苛立つウェンバンヤマと、ポポビッチHCが描く未来予想図「段階を飛ばしてはならない」<DUNKSHOOT>

11月から12月にかけて、球団の歴代ワースト記録更新となる18連敗。年明け後も7連敗と、サンアントニオ・スパーズの苦難は続いている。現地時間2月22日(日本時間23日、日付は以下同)のサクラメント・キングス戦も、前半はスパーズがリードするも、最後は5点差で振り切られた。

チームの若きエース、ヴィクター・ウェンバンヤマは、この試合で19得点、13リバウンド、4アシスト、5スティール、5ブロックと5部門で“5”超えを記録する“5x5”にあと一歩に迫る奮闘だったが、勝者にはなれなかった。

再建中であるスパーズの現状を理解し、焦ることなくチームとともに根気よく成長していきたいという意思を常に強調しているウェンバンヤマだが、彼の言葉にやや苛立ちのようなトーンが含まれていたのは、週末のオールスター中のこんなコメントだ。

「僕はこれまでの人生でずっと、ステップを飛ばしてはいけないと言われてきた。しかし、だからといって階段を4段飛ばしで登ることを止めたことはない」
ウェンバンヤマ自身は、ルーキーにして、アシスト(平均3.2)以外の4部門、得点(20.5)、リバウンド(10.1)、ブロック(3.2)、スティール(1.2)においてチーム№1の数字を叩き出す、文字通りエース級の活躍をしている。しかしそれが結果に結びつかないというのは、彼にとってはこれまでのキャリアで初めての体験でもある。「何よりも負けることが嫌い」だと豪語する彼にとっては、精神的にも厳しい状況であるのは想像に難くない。

“ステップを飛ばしてはいけない”というのは、スパーズのグレッグ・ポポビッチHC(ヘッドコーチ)が再三、口にしているセリフでもあり、彼はフランスの『レキップ』紙とのインタビューでもそれを繰り返している。

「マイケル・ジョーダンが初めてタイトルを獲ったのは7年目、ニコラ・ヨキッチは8年目だ。人々は、それよりも早くヴィクターには(優勝の)実現が訪れることを願っているかもしれないが、段階を飛ばしてはならない。そんなに簡単にできることなら、毎年優勝チームが入れ替わるはずだが、過去数年を見ても同じ顔ぶれだ。我々の成功のサイクルは30年にも及ぶ長いものだった。しかし、ゼロから始めなければならない時が来る。それが今日の私たちなのだ」
現在最下位にいる状況から見て、今年もプレーイン圏内に食い込むのは難しい。となると、5年連続でプレーオフ出場を逃すことになるが「チーム構築のスピードを早めるために、ベテランプレーヤーをリクルートするプランはないのか?」という質問に対して、ポポビッチは「今の状況でそれをやるのは時間とお金の無駄」だと言い切っている。

「大切なのは、その時が来たらすぐ行動できるよう備えておくことだ。まずは体制を整え、それができた時点で、何人かのフリーエージェントを迎える必要はあるだろう」

ポポビッチ曰く「ここぞ」という時に投じるために、資金力はキープしておくというのがスパーズの現在のストラテジーであり、その「ここぞ」という時とは、ヴィクターを中心としたチームの土台が出来上がった時を指す。

そのため、現状としては彼の周りで動けるデビン・ヴァッセルといった若手を育てていくことに時間を費やすことが最重要であり、彼らが全体として底上げされていくのに伴ってヴィクター自身も成長していく、というのが理想のシナリオだ。
そのウェンバンヤマについて、ポポビッチはシーズン当初、最適なポジションの見極めなど「静観する」という姿勢をとっていた。そしてレギュラーシーズンも折り返し地点を通り過ぎた今、ポポビッチが導き出した答えは「ウイングで孤立したり、ブロックに入ったり、ピック&ロールに絡み、自分でリバウンドをとった後はそのまま攻撃に上がるといったオールマイティーな動き」だ。

「彼は時にセンターを務めるし、コート上で一番背が高いのだから多くの人がそう見ているだろうが、今は昔ながらのポイントガードやセンターはいない。すべてがインターチェンジ可能だ。彼は何でもこなすし、それこそが私が彼に期待していることだ。そしてまた、彼自身がその能力を持っている」

ボールハンドリングを得意とするウェンバンヤマは、トランジションの際にドリブルしすぎる傾向があったが、それでボールを失うことも多かった。そして相手のスピードと運動能力に対抗するにはドリブルを減らす必要があると気づくと、自らプレーを変えたという。
そうした自発的な改善を歓迎しながら、チームとしては3ポイントの向上や、コンスタントなパフォーマンスに主軸を置いたトレーニングに取り組んでいる。

この冬のトレード期間中にはアトランタ・ホークスのガード、トレイ・ヤング獲得の噂も流れた。しかし5度の優勝経験を誇る名将は、最適な状況で最高の人材を引き入れる、そのタイミングを慎重にうかがっている様子だ。アドバイザーを務めるOBのマヌ・ジノビリは、昨年11月の時点で「スパーズが再び優勝争いに絡めるようになるには3年かかる」と試算していた。
4段飛ばしで階段を駆け上がりたくなる衝動を抑えてデビューイヤーを送っているウェンバンヤマにとっては、この試練の日々が、これから長く続くであろうNBAでのキャリアの礎となるのだ。

文●小川由紀子

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