平和のつぼみ 巣立つ春 長崎純心大・鍜治さんと平山さん 大学最後の活動 遺構巡りで故岡信子さんの言葉

参加者からの質問に答える鍜治さん(左)と平山さん(中央)=長崎市平野町、長崎原爆資料館屋上庭園

 長崎純心大(長崎市)の学生団体「Green Pieces」が20日、被爆遺構巡りに取り組んだ。中心になってガイド役を担ったのは今春卒業を迎えた鍜治美里さん(22)と平山英恵さん(22)。県北出身の2人が、被爆地長崎の大学で地道に平和活動を続けたのは、ある被爆者との出会いがあったからだ。

 鍜治さんは佐世保市で生まれ育った。毎年8月9日の午前11時2分にサイレンが流れるが、立ち止まったり黙とうをしたりする人はまばら。それに「違和感を覚えた」。
 平戸市出身の平山さんは中学時代、平和学習に熱心な先生から学び、「被爆地で活動してみたい」との思いを温めていた。
 2020年春、2人は長崎純心大に進学。Green Piecesに加入した。同団体は17年に設立し、これまで平和に関する冊子を計5冊発行。修学旅行生と平和について意見交換したり交流サイト(SNS)で情報発信したりしている。
 2人にとって忘れることのできない出会いがある。21年11月に93歳で亡くなった被爆者の岡信子さん。被爆体験の継承に関心があった2人に、大学の先生が紹介してくれたのが岡さんだった。
 岡さんは看護学生だった16歳の時、爆心地から1.8キロの長崎市東北郷(現在の住吉町)の自宅で被爆。左半身を負傷しながらも、市内最大の救護所となった新興善国民学校で救護に当たった。
 晩年まで被爆体験を語らなかったが21年8月9日、長崎市の平和祈念式典で「平和への誓い」を読み上げた。式典後、がんが発覚。2人は在学中、県内外で彼女の被爆体験を伝えた。
 同大の卒業式翌日の20日、同団体は浦上天主堂など市内7カ所の被爆遺構を巡るフィールドワークを実施し、学生ら13人が参加。鍜治さんと平山さんらがガイド役を務めた。2人にとって4年間の活動の締めくくりでもある。
 鍜治さんは山王神社二の鳥居で「この鳥居は爆風と平行に立っていたため壊れず、現存した」と解説。卒業論文で故永井隆博士を研究した平山さんは、市永井隆記念館で博士の人生や宗教観を丁寧に説明した。
 2人は参加者にこう語りかけた。「長崎市内には多くの遺構がある。足を運んでみてほしい」。それは、岡さんが生前よく口にしていた「直接長崎の町を見に来てほしい」という思いをくんだ言葉だった。
 4月から、鍜治さんは県内の中学校で教壇に立つ。「生徒たちに平和を伝えていきたい」。平山さんは長崎市内の会社に就職する。大学在学中に自身が被爆3世だと知り、平和活動への思いはさらに深まった。これからも活動を続けるつもりだ。
 季節は春。二つの平和の「つぼみ」が花開こうとしている。

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