歴代ダービージョッキーたちと戸崎圭太、そしてキズナとエピファネイアの仔が演出した極上の「2分24秒3」【日本ダービー】

2021年に生まれたサラブレッド7906頭。その頂点を決するダービーに18頭が駒を進めた。

ここに至るまでの約4年間、ホースマンたちの弛まぬ努力と厳しい競走を勝ち抜いた選ばれし18頭だったが、前々日金曜日にメイショウタバルが挫石のため、出走を取り消した。陣営にとって、これほどの無念はなかろう。

同時にこの取消によって、ファンの間ではダービーで先手を奪う馬はどれかという議論が起こった。皐月賞でハイペースを演出し、レコード決着の片棒を担いだメイショウタバルがいなくなり、一転して逃げ馬不在のダービーになった。もちろん、展開はファンだけが考えるわけではなく、ダービーに出走する騎手たちも同じようにあらゆる戦略を練っていたにちがいない。

そんな展開の読みづらい状況が、今年のダービーの根底にあり、これが極上のダービーを生み出した。

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■1コーナー時点ではジャスティンミラノに勝機

前半1000m通過1分02秒2は1986年以降、良馬場のダービーでは4番目に遅い。同タイムは1989年ウィナーズサークル。35年も前だ。馬場管理の技術が向上したことを踏まえれば、この1分02秒2はかなり遅い。スローペースは凡戦と評価しがちだが、勝ち時計2分24秒3はキズナが勝った2013年と同タイム。あの年は前半1000m通過1分00秒3であり、今年は後半でかなり時計を挽回した。単純に前残りと断言できず、価値は決して低くない。

そんな表面的な記録では判断できない深いダービーを演出したのは、歴代のダービージョッキーたちだった。それぞれが勝利を目指し、その最善手を模索した結果であり、ダービーの勝ち方を知る騎手たちと初勝利を目指す戸崎圭太騎手とジャスティンミラノの攻防は何度も見返せるほど面白い。

まずは冒頭で書いた先陣争いだ。スタート直後、最初に動いたのはダノンデサイルの横山典弘騎手だった。逃げ馬不在の競馬では、お互いが出方を観察し合うような場面も多いが、真っ先にアクションを起こし、前に行くことを宣言した。機先を制する先制攻撃に呼応したのが武豊騎手とシュガークン。ダノンデサイルに併せに行き、ついていく姿勢をみせる。

だが、横山典弘騎手は抑えにかかり、ハナに行かないと主張した。そこに大外枠から岩田康誠騎手エコロヴァルツがハナを狙いにきた。GIで追い込んで2着に来た馬であえてハナを目論む。これもまたダービージョッキーの大胆さだろう。エコロヴァルツが来たことで、ダノンデサイルは1コーナーでインのポケットに入ることに成功した。シュガークンはエコロヴァルツに前に入られ、かつ外の2番手になったことで、2コーナーにかけて行きたがる素振りをみせた。このわずかな消耗が最後に響いた。

3名のダービージョッキーが思惑を巡らし、できあがった隊列は速くなるはずもない。一方、ジャスティンミラノも戸崎騎手が序盤で折り合いを欠くリスクを背負い、ポジションをとりにいった。最高の形で1コーナーをクリアできたといっていい。この時点で、私にはジャスティンミラノの勝機がみえた。

■歴代ダービージョッキーたちの攻防

2コーナーを出た時点で、早くも勝負は好位につけた5頭ぐらいに絞られてしまった。ダービージョッキーたちが支配する流れに対し、このままではいけないと後方からポジションをあげ、勝負圏内に入ってきたのは、池添謙一騎手サンライズアースとミルコ・デムーロ騎手コスモキュランダ。二人ともダービージョッキーだ。

通常、東京の中距離戦でのマクリはご法度といっていい。だが、ダービーではそれも通じない。ダービーを託された騎手は流れが合わなかったからと負けられない。ダービージョッキーはそれを自覚しているからこそ、無謀であっても勝負に出る。ダービーは覚悟をもって勝ちに行かなければならない。それを分かっていながら馬群に入り、動けなかったルメール騎手の悔いもまた、計り知れないものがある。それでも5着まで追い上げたのはレガレイラのポテンシャルであり、ルメール騎手の意地だった。

サンライズアースとコスモキュランダが動いたことで、後半1000mは11秒7-11秒3-11秒1-11秒2-11秒5、56秒8。残り800mから11秒台前半が続く流れはスローの瞬発力勝負とはいえない。スローから持続力勝負へ。2頭の動きはレースを大きく変えた。決着時計2分24秒3は歴代ダービージョッキーたちによって演出されたのだ。

ジャスティンミラノはそんな流れに戸惑うことなく、レースを進め、4コーナーで前の馬たちを交わそうと外へ出てきた。満点のレース運びだった。しかし、その前にダノンデサイルがいた。直線に向き、エコロヴァルツが隣のシュガークンに併せに行ったスキを見逃さないラチ沿い強襲はもはや芸術の域。ジャスティンミラノは一瞬のタイミングを逃さない横山典弘騎手の勝負勘に負けた。完璧な競馬でも負けてしまう。ダービーとは実に過酷なレースだと思い知る。

■一度ハマったら、もう抜けられない

奇しくも勝ち時計2分24秒3はダノンデサイルの父エピファネイア、ジャスティンミラノの父キズナが激突したダービーと同じだった。だが、その着順はきれいに入れ替わり、ダノンデサイルは父と祖父シンボリクリスエスと続いたダービー2着の歴史に終止符を打った。

キズナに敗れたダービーは、道中で躓くほど折り合いを欠き、完成度の差で栄光を逃した。その産駒がダービーで逆転劇を演じた。まるで父の記憶が仔に引き継がれ、ブラッシュアップしたかのようだ。エピファネイアは早くも桜花賞2勝、オークス、皐月賞、ダービーと春のクラシックをコンプリート。大舞台の強さはいかにも底力勝負のロベルトらしい。

キズナもエピファネイアも現役時代、爆発力を身上としてきた。だが、今年のダービーで雌雄を決した2頭は先行力も流れに乗れる器用さもある。さらにゴールまで11秒台が続く持久力まで持ち合わせている。血統とは永遠に続く物語ではなく、そこに進化が重なる。

キズナもエピファネイアもこれまでGI馬を多く出し、結果を残す一方、父のイメージとは違う産駒も多く、父を超える産駒が出てこないではという声もあった。だが、この世代を境に明らかにどちらの産駒も質が変わってきた。生産者が配合や育成を練り直した成果であり、これこそ進化だ。

幾人ものダービージョッキーとダービー初勝利を目指す戸崎圭太騎手が作り上げた極上の駆け引きとキズナ、エピファネイア産駒の進化が融合した91回目の日本ダービーは、プロレス的に表現するなら、「底が丸見えの底なし沼」。一度ハマったら、もう抜けられない。

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著者プロフィール

勝木淳
競馬を主戦場とする文筆家。競馬系出版社勤務を経てフリーに。優駿エッセイ賞2016にて『築地と競馬と』でグランプリ受賞。主に競馬ニュース・コラムサイト『ウマフリ』や競馬雑誌『優駿』(中央競馬ピーアール・センター)にて記事を執筆。Yahoo!ニュースエキスパートを務める。『キタサンブラック伝説 王道を駆け抜けたみんなの愛馬』( 星海社新書)などに寄稿。

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