「メジャーの強打者もエリート級の制球力には太刀打ちできない」MLBスカウトは今永昇太と山本由伸の投球をどう見ているのか<SLUGGER>

MLBのスカウトにとって日本人投手の魅力の一つは、質の高いスプリッターを投げる能力にある。打者に速球と錯覚させてボールゾーンへ逃げていく球に手を出させるだけでなく、早いカウントではストライクゾーンに投げ込むこともできる。

今永昇太(カブス)と山本由伸(ドジャース)は、質の高いスプリッターとずば抜けたコマンド(※注:狙ったスポットに投げ込む能力のこと。ストライクを取る能力を意味する「コントロール」と対置される)を兼備することが、MLBで絶大な効果を発揮する格好の例と言えるだろう。

「今永は以前から世界屈指のコマンド能力を持つことで知られていた。確か、オーストラリアで投げた時(注:2018年の冬季リーグに参加)は35イニングで1人しか歩かせなかったんじゃないかな」。とあるMLBスカウトは言う。彼は今回の取材に協力してくれた3人のスカウトのうちの1人だ。

NPBで最も支配力の高い投手として鳴らした山本と違い、30歳の今永は当初、堅実な先発3~4番手と評価されていて、まさか最初の9先発で5勝0敗、防御率0・84という好スタートを切るとは予想されていなかった。

一方、パ・リーグで3年連続投手三冠&MVP&沢村賞を受賞し、投手では史上最長の12年契約でドジャース入りした山本は、非常に素晴らしい投球も見せながら、苦しむ場面もみられる。11先発時点での防御率3・51は、ドジャースのチーム全体の数字(3・32)より高い。

山本はこの先、安定度を増し、いずれ本領を発揮するだろうということでスカウトたちの意見は一致している。だが彼らは、日本よりも過酷なメジャーリーグの日程が両者にとって負担としてのしかかるのではないかと懸念を抱いている。 2人ともアメリカに渡って投球のアプローチを微調整したようだ。「今永はかなりシンプルな投球になった」とあるスカウトは言う。「以前は内外角を広く使うピッチャーで、スライダーを多投していた。去年は2シームも投げ始めていた。だが、今年は高低で攻めるようになっている。高めにホップするファストボールとスプリッターでね」

「MLBのストライクゾーンは日本より少し高めに広い。今永はコマンドが優秀でボールの回転数も高いから、ゾーンの高めからさらに広げて勝負できるんだ」

典型的なパ・リーグ型の投球スタイル、すなわちストライクゾーンを果敢に攻めてカウントを先行させる投球が身上だった山本は、早いカウントでもボール球を振らせようとするセ・リーグ型へとアジャストしている。

「迷いがあるようにも見える」と某スカウトは言う。「いろんな球種を投げているが、あまりにもきれいに決めようとしすぎている。ボール先行のカウントで打者に勝負を挑まざるを得ない状況になっている。そんなことは日本では滅多になかった」

「MLBの公式球にも少し苦戦しているんじゃないかと思う。ボールの質が日本ほど高くないから、しっかりコントロールするのは難しいんだ。だが、その点は次第に慣れていくだろう」

山本の4シームは今永より球速は上だが、軌道が真っすぐで変化量に乏しい。そのため、カーブをより多く投げるようになった。このカーブとスプリッターの組み合わせで窮地を逃れる場面が目立っている。

「カウントを有利にするための球種としてカーブを投げているが、2ストライクから投げることもある。そうなると打者は太刀打ちできない」と別のスカウトは言う。「スプリッターも同じだ。一流打者が手も足も出ない場面もある」「今永と山本はスプリッターのコマンドが素晴らしい。他の多くのMLBの投手はスプリッターを決め球として使っている。だが、今永は決め球としてだけではなく、早いカウントでも投げてくる。山本も、ずば抜けたコマンドでどんな時でも自在にスプリッターを投げてくる」

今永が山本を明らかに上回っているのが速球だ。

球速は平凡だがスピンがかかっているため、打者が当てにいこうとしている時でさえ空振りを多く奪える。速球のスピンとコマンドが今永にとってゲームチェンジャーとなっているのだ。

「あのスピン量はエリート級だ」とあるスカウトは言う。「球速が89~90マイルしか出ていない時もあるにもかかわらずね。だが、打者を惑わせているのは、スプリッターをゾーンに投げ込んでいることだ。言わば『逆算』のピッチングで、これに打者が戸惑っている。だから、速球が球速以上の効果を発揮しているのさ」

「今永も山本も、早いカウントでスプリッターをストライクゾーンに投げ込むが、打者は手を出そうとしない。そうやってストライクを先行させた後、今永は高めにファストボールを投げ込むか、さらにスプリッターを続ける。打者はどちらを狙うべきか分からくなってしまうんだ。早いカウントからスプリッターでストライクを取られると、打者は『これはヤバいぞ』と考えているはずさ」

このスカウトはさらに、今永のコマンド能力とピッチングスタイルはかなり特異なので、打者たちが彼に適応するためにアプローチを変えるのも非効率だと指摘する。

「今永に対してだけアプローチを変えて、早いカウントでゾーンに入ってくるスプリッターを狙うなんてことはないだろう」と彼は言う。別のスカウトは、今後打者たちは低めに集まるスプリッターの代わりに、高めの4シームを狙うようになるのではと予測している。 あるスカウトによれば、今永の4シームとスプリッターは効果的なピッチトンネルを形成しており、打者がそれぞれを見分けるのは難しい。

今永のピッチングが驚きを読んでいる理由は、好投ぶりと4年5300万ドルという契約総額にギャップがあるからだ。その額に落ち着いたのは、今永がMLBの厳しいスケジュールに適応できるか疑念があったのも一因だった。

「彼が大柄ではないということも、過小評価された原因だと思う」と一人のスカウトは指摘する。

別のスカウトの意見はこうだ。「彼の能力に疑問を向けるチームはそう多くなかったと思う。だが、耐久性に対する懸念は間違いなくあった」

「端的に言って、今永も山本もコマンドはエリートクラスだ。スカウト評価で『80』とまでは行かなくとも、『70+』はいくだろう(注:MLBのスカウトは選手の能力を「20~80」のスケールで評価する)」とそのスカウトは言う。

「コマンドを生かすための球速も十分ある。怪我さえなければ、今後も活躍を続けられるだろう。だが、健康を維持することが難しい。どちらも日本時代より負担がかかっているようにも見えるしね」

そのスカウトはとりわけ山本に懸念を抱いている。というのも、「いつもよりもギアを上げているように見える」からだ。それでも、過酷なシーズンを怪我なく乗り越えることさえできれば、2人とも優れたコマンド能力でサイ・ヤング賞候補に挙げられる可能性はあるという。

MLBの各球団が躍起になって追い求める中、ある球団幹部は今永と山本のコマンド能力の魅力を次のようにまとめた。「ビッグリーグの打者たちは剛速球も打ち崩せる。だが、エリート級のコマンドには太刀打ちできない」
※『SLUGGER』2024年7月号掲載記事を再構成

文●ジム・アレン

【著者プロフィール】
1960年生まれ。カリフォルニア大サンタクルーズ校で日本史を専攻。卒業後に英語教師として来日し、93年から取材活動を開始。現在は共同通信の記者としても活躍中。ベイエリアで育ち、子供の頃は熱心なサンフランシスコ・ジャイアンツのファンだった。

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