![](https://nordot-res.cloudinary.com/c_limit,w_800,f_auto,q_auto:eco/ch/images/1169459874343633836/origin_1.jpg)
再び降り出した霧雨が、第2セットが終わった直後の、7番コートに落ち始めた。
姿を現したスタッフたちが、オレンジ色のビニールシートで赤土を覆うと、続行を望む観客たちはブーイングを飛ばす。直後に音を立てて落ちる、大雨。当分、試合が中断するだろうことは、この時点で明白だった。
「錦織圭が、今からメインインタビュールームで会見を行ないます」というアナウンスがプレスルームに流れたのは、その中断の約45分後。この時点でプレスルームの人々は、錦織の棄権を確信した。
テニスの四大大会「全仏オープン」2回戦、ベン・シェルトン対錦織圭の一戦が始まったのは、29日。第1セットのゲームカウント5-5の時点で雨天中断となり、そのまま翌日に持ち越された。
21歳のシェルトンは、時速230キロ超えのサービススピードを叩き出す、現代の超ビッグサーバー。昨年10月に、東京開催のジャパン・オープンを制した雄姿を、記憶している人も多いだろう。
本格的にプロツアーを転戦し始めたのは昨年からで、まだまだ粗削りな部分もある。全仏オープンも、今年が2度目の参戦。昨年まで、グランドスラム(四大大会)どころか海外に行ったことすらなかったアメリカの大学生にとっては、まだ何もかもが新鮮で、ゆえに、猛烈なスピードで適応中でもある。
赤土初体験の昨年と比べ、今回最も上手く適応できている点を、シェルトンは「サーブ」だと言った。
「去年は、どの球種をどこに打つべきかわからなかった。ここではフラットサーブの威力が削がれるので、フラストレーションがたまり、怒り、ダブルフォールトが増えたりしたが、今年はその点が良くなった」
この言葉が意味するところは、錦織戦でも存分に発揮される。時速255キロのフラットをセンターに叩き込んだと思えば、左腕からワイドに鋭く切れていくスライスサービスを放つ。錦織がプレッシャーを掛けるべく前に出れば、跳ねるサービスを身体の正面に打ち込んだ。
単に速いだけではない。この一年でシェルトンは、課題を急速に克服していた。
同時に驚くべきことは、このクラスの選手と戦うのは約10カ月ぶりの錦織が、シェルトンのサービスをも攻略しつつあったことだ。
1回戦の6番コート同様に、2回戦を戦った7番コートも、客席までの距離やベースライン後方のスペースが狭い。やれることが限られる難しい環境だが、その中でも錦織は、相手のサービスの特性を急ピッチで分析し、ポジションを変えながら、攻略法を模索した。
ボディに来るキックサービスを、身体を反らせて飛び上がり、まるでスイングボレーのように打ち返す。あるいは、フェンスぎりぎりまで下がった所から、相手がサービスモーションに入った途端に猛ダッシュ。身体をぶつけるようにリターンを叩き込む。シェルトンの球威に、運動エネルギーも活用し全身で立ち向かう姿は、フランスのファンをも惹き付けた。
しかもひとたびストローク戦に持ち込めば、相手の強打を吸収するかのように柔らかく捉え、こともなげに左右に打ち分けていく。日をまたぎ行なわれた第2セットでは、1-5の劣勢からも、深いリターンを連発し、この試合初となるブレークを奪い取る。最終的には第2セットも4-6で取られたが、十分に見せどころを作り、観客を沸かせた2日間だった。
会見は誰もが予想した通り、棄権の受けてのものだった。
理由は、右肩の痛み。今大会開幕前の会見では、「マイアミで痛めてしまって、なかなか治ってくれなくて」と言いはしたが、痛みの箇所には言及せず。これが、肩だったという。
「本当に出場を決めたのは、(開幕の)3日前くらい。毎日がテストのような感じで、正直、セット練習ができていなかったので、3セットで試合が終わればいいな、くらいの気持ちで来てたんです」
それが結果は、1回戦から5セットの死闘。
「5セットやってしまったのが……もちろんしょうがないんですけど、それが多分……。身体がまだまだ慣れないものもあるし、あと、全身の筋肉痛はものすごかった」
それでも試合が始まれば、勝利への欲が痛みを覆い隠す。だが第2セットが終わった時、現実的な状況を認識した。
「ちょうど休むタイミングで、一瞬アドレナリンも切れて。これが(セットカウント)2-0だったらやってますけど、あと3セット取らないといけないと考えた時に、さらに悪くしてしまうなと思い、止める判断をしました」
その結末そのものには、当然、悔しさや不安もあるだろう。ただ4日間で戦った2試合、計7セットから持ち返る収穫も、当然ある。
「久しぶりに4時間(試合を)やると、今日も身体があまり動いてはくれなかった。ただ逆に取れば、このサーブとこの動きでも、ここまでプレーできるというのは、唯一ポジティブな点ではあるかな」
「テニスはけっこう良かった。この1~2カ月は、だいぶ自信をなくしていたのが、トップの選手と練習ができて、やれるなっていうのも感じて。緊張の中、ある程度試合もできていたので、収穫はすごいありました」
その収穫を次に生かす日は、いつになるのか?
フィジカル面の不安は尽きないが、それ以上に希望の光を灯し、錦織は赤土を後にした。
現地取材・分●内田暁