リーグワン復活Vの陰に東京伝統の呑み会文化 盃を交わし、クラブを愛した王国NZ司令塔の真髄

リーグワンプレーオフ決勝で優勝を決め、チームメートに抱き上げられて喜ぶリッチー・モウンガ【写真:矢口亨】

新加入のNZ代表SOリッチー・モウンガの言葉から辿る王座奪還への道程

ラグビー国内最強チームを争うリーグワンは、東芝ブレイブルーパス東京の優勝で2023-24年シーズンの幕を閉じた。14シーズンぶりのタイトル奪還に、ゲームメーカーとして大きく貢献したのは、新加入のニュージーランド(NZ)代表SOリッチー・モウンガ。母国から早期の代表復帰を求めるラブコールが続く指令塔は、覇権から遠ざかる古豪に何をもたらし、頂点へと押し上げたのか。NZ代表、そして昨季までプレーした祖国の常勝軍団クルセイダーズで身に着けた勝つためのメソッド、そして王座奪還へ駆け上がった道程を本人の言葉から辿る。(取材・文=吉田 宏)

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チームの14シーズン(中止を除くと13大会)ぶり王座奪回に、自身もディビジョン1MVP、そしてベストXV(フィフティーン)。全ての栄冠を手にしたモウンガは、リーグワンの前身トップリーグ(2003-21年)も含めた歴史に残る白熱の決勝戦をこう振り返った。

「パナソニック(埼玉ワイルドナイツ)という相手は、ラグビーを熟知したロビー・ディーンズ監督にコーチされたレベルの高いチームだった。穴がないし、終盤に堀江(翔太、埼玉WK・HO)さんのパスが50cm後ろだったら、結果は全く逆のものになっていた。そういうレベルの高い決勝を戦い、勝てたことは本当によかった」

BL東京の24-20で迎えた後半残り20秒。1度は埼玉WKの逆転と思われたトライがTMO(テレビジョン・マッチ・オフィシャル=ビデオ判定)で取り消されての劇的な逃げ切り復活V。南半球最高峰のリーグ「スーパーラグビー(22年より同パシフィックに改称)」でクルセイダーズを6度の優勝に導いた司令塔は、14年間「優勝」という二文字から見放されてきた古豪も復活させたことで、その評価をさらに高めることになった。

実はキックオフからの展開では、3月のリーグ第9節で24-36と敗れた埼玉WKに流れを掴まれかけていた。開始直後のキックボールの処理ミスから自陣で猛攻に晒されたが、3分近くトライを許さずに守り続けた。結果的にPGで3点は奪われたが、ゴールラインを割らせないしぶとく分厚い防御に、モウンガは勝利への機運を感じ取っていた。

「前半の前半はかなり押し込まれて苦しい状況だったが、みんな我慢強く戦えた。チームには試合前から『どんなに苦しい状況でも諦めずにしがみついて戦い続けよう』と話をしていました。その中で、押し込まれながらゴール背に守り続け、(トライを奪われず)PGの3点に抑えられたのは、僕らとしては小さな勝利かなと感じていました。あそこの頑張りがなければ、埼玉相手にハーフタイムまでに20点、30点取られていてもおかしくなかった」

モウンガが勝利への重要なポイントと考えたのは、単なる点数の奪い合いではなく、ゲームの行方を左右する序盤戦での主導権争いだった。この時間帯に容易く埼玉WKが求めるトライを許さなかったことが、相手の主導権掌握を断ち、チームに「渡り合える」という自信を植え付けた。

モウンガがプレーしてきたクルセイダーズは、決勝で敗れた埼玉WKを率いるディーンズ監督が2000-08年シーズンの任期で5度のスーパーラグビー制覇を果たし、モウンガがプレーした昨季までも連覇(大会中止を跨ぐ)を6まで伸ばした常勝チームだ。このクラブで勝つことを知り尽くした10番は、NZ代表オールブラックスでのキャップ数も56に上る。初めての海外挑戦だった日本でも、その能力を如何なく発揮して最高の結果に辿り着いた。

決勝翌日のリーグワンアワード(年間表彰式)でも文句なしのMVPに選ばれたが、囲み取材での他愛もないやり取りに、モウンガやクルセイダーズが考える勝つために重要なエッセンスが読み取れた。それは“呑み会”についてだった。

リーグワンアワードでMVPに選ばれたモウンガ、世界最高の指令塔は個人のタイトルよりチームの勝利を力説した【写真:吉田宏】

BL東京の“呑み会”の伝統「決勝戦の夜は皆で祝って、ビールを呑んで、笑って踊って…」

「決勝戦の夜は皆で祝って、ビールを呑んで、笑って踊って過ごしました。すごく“正しいやり方”でね。ああいうのは、自分のキャラクターにもぴったりです」

昨今のトップアスリートは過度の飲酒を控える傾向にあるのが当たり前だが、BL東京は仲間との酒席で積極的にコミュニケーションを図ってきたチームとしてラグビー界では知られている。現在GMを務める薫田真広も酒豪として知られ、OBの大野均は日本代表時代にエディー・ジョーンズHCから「特例」で飲酒を認められていたほどだ。現在主将を務めるリーチマイケルも、酒をチームのコミュニケーションを高める文化と認めている。そんな伝統が背景にある中で、新参者のモウンガは“東芝流”の祝勝会をこう歓迎した。

世界一、二を争う指令塔が初めて日本のチームに飛び込んで、決して“派手目”ではない府中の無骨な男たちと共に戦い、酒を酌み交わし、互いの距離を近づける。ラグビーならではの文化でもあるが、その背景には世界屈指の強豪クラブ、クルセイダーズで培われた勝つための文化がある。モウンガ自身がMVP受賞について語った言葉に、その真髄が読み取れる。

「一番嬉しいのはチームがリーグを勝てたことです。僕が日本に来たのはベストプレーヤーになるためでも、自分個人の成果を達成するためでもない。東芝にいい影響を与えて、トーナメントで勝つためです。なので、いまは肩の荷が降りたような感じです」

最高の選手の前に最高のチームマンたれ――クルセイダーズで学んだそんな価値観が、この10番に叩き込まれている。「エースで4番」だけでは勝てないのがラグビーだが、それは単なる精神論でも情緒論でもない。球技としては多い15人の選手たち1人ひとりが、いかに機能して組織としての役割を果たしていけるか。このテーマは、世界レベルでも日々高まり続けている。そんな中で、世界屈指の実力、実績を残し続けてきたクルセイダーズというクラブは、オフ・ザ・ピッチの大切さを組織として熟知している。

「ラグビーについていえば、当然プレーのやり方というのはあります。ただ、文化面、人との繋がり、あとは勝ちたいという強い思いという、ラグビーフィールドとは全く関係ないことも含めてですが、そんなことが大事なんです。毎日昼食を一緒にしたり、コーヒーを飲んだりね。そういうラグビー以外の細かいことが、フィールドの上に立った時に大事になるんです。自分のチームメートを理解する、彼の家族や妻のこと、どこの出身かといった、チームの仲間とのより深い互いの関係性を築くことがすごくプレーをやり易くするんです」

NZも含めた英語圏文化は、日本以上に合理的な考え方を重視するが、ラグビーに関しては選手個々のスキルやデータなどの数値、プレースタイルの理解や評価だけでは強いチームは作れないということを、この世界最高峰の10番は知っている。

同じクライストチャーチ出身のリーチも「シャノン(フリゼル)も含めて、シーズン通してよく呑み会を開いてきた。そこで自分たちの経験や、東芝、オールブラックス、クルセイダーズのこともたくさん話し合ってきた。2人ともBL東京の文化がすごく好きで、いいチームだと思ってくれている」と絆を深めてきた。

仲間の人間性まで深く知ることで、チームがより厚みと深みのある、1つの組織体として80分間機能することが、勝つためには重要なのだ。グラウンド上だけに止まらない、一緒に戦う14人との絆こそがチームを同じ方向に向かせる。そこにラグビー王国でも長らく最強チームの座を守り続けてきたクラブの強さの秘訣がある。こんな強い絆を作ることで、モウンガはBL東京というチームで、自分がどんな役割を果たすことが重要かを模索し、チームへと還元してきた。

アワード後の取材に応じるモウンガ、クルセイダーズで学んだ勝利のメソッドをBL東京に落とし込んで覇権を握った【写真:吉田宏】

クルセイダーズとBL東京に「ラグビーと関係ないところで共通点がたくさん」

「クルセイダーズには長い成功の歴史があるのに対して、BL東京は直近ではあまり勝てていなかった。なので、このチームのポテンシャルの鍵をどう開けるのか、最高のラグビーをするにはどうすればいいのかを考えてきた」

その鍵の一つが、チームが自分たちのラグビーを信じて、ゲームプランを遂行し続けることだった。3月には埼玉の分厚い防御や個々の選手の能力の前に80分間演じ切れなかった自分たちのゲームスタイルを、決勝では4点差で競り勝てるまでに表現出来たことが、14シーズンぶりの覇権奪回に繋がった。

そこには、自分たちより順位も、多くのデータでも上回る相手を倒すための秘策はない。どこまで反則やミスを犯さずにゲームプランに則ってボールを前へ進め、相手のアタックを守り切るかが問われた。日本のラグビーも、ようやく世界クラスの「ミス(反則)をしたチームが負ける」というセオリーで勝敗が決する時代を迎えるようになってきた。

そんな戦いぶりをみせたチームと祖国の常勝チームには、共通するものもあるとモウンガは指摘する。

「共通するのは、80分間ハードワークすることは当然必要です。あとはチームに関わる人たちに対しての強い思いですね。そしてやはり、お互いに楽しむのが好きな人たち。ラグビーと関係ないところで共通点はたくさん感じています。ラグビー以外の、そんな部分が大事だと感じています」

仲間を信じ、チームが上手くいかない状況の中でも、積み上げてきたことを裏切らない信念の強さ。その信念を15人、いや登録メンバー23人全員が80分間持ち続けること。選手の能力や技術的には大きな差はない上位チームの凌ぎ合いの中では、そんな精神的な領域も含めた強さが重要になる。目先の勝利だけではなく、自分たちの信じて取り組んできたゲームプランを最後までやり遂げる強固な意志と、遂行力。これが、最強の相手とのフルタイムの渡り合い、僅差ではあってもスコアで上回れた勝ちきれる強さを支えた。

チームの成長、強さは、ゲームのスタッツからも浮かび上がる。

リーグ戦1位(埼玉WK)と2位(BL東京)の、まさに四つに組み合う真っ向勝負は、前半を2本のPGのみで終えた埼玉に対して、BLは1トライ(ゴール)、1PGの10点をマークして折り返した。この前半の40分間に、BL東京がシーズンを戦いながら積み上げた進化が読み取れた。

3月の対戦では24-36と敗れたが、この試合を怪我のために欠場したリーチマイケル主将はスコア以上の力の差を感じていた。

「課題は規律でした。埼玉WKがディフェンスですごく反則が少なくて、ウチは多かった。そこを見直していかないといけない」

プレーオフ直前のコラムでも紹介したが、この試合での反則数はBL東京の15に対して埼玉WKは14とほぼ同じだった。だが、前半の反則の詳細を見てみると、BL東京が自陣で6回の反則を犯した一方で、埼玉WKはわずか2回しか笛を吹かれていない。相手の反則を起点とした得点を見ても、BL東京が1PGの3点のみだったのに対して、勝者は1トライ、4PGと前半全てのスコアをマークしている。勝負の流れを掴むのに重要な前半の主導権争いの時間帯での、この格差が勝敗に大きく影響していた。

だが、今回の決勝の数値を見ると、その様相は3月とは大きく変わっている。

復活Vを果たしたBL東京、モウンガには母国NZで帰国待望論が渦巻いている【写真:矢口亨】

母国NZで渦巻く帰国待望論 同僚リーチは「リッチーはBL東京だけしか考えていない」

総反則数はBL東京11、埼玉WK8と敗者の方が少なかった。だが前半は、反則が課題だったBL東京が4だったのに対して埼玉WKは6。前回の対戦とは対照的にBL東京は反則を極力犯さない忍耐強い戦いを続け、失点も2PGによる6点に抑えた。埼玉のスコアも、東京がマークした10点も、すべて反則を起点に奪っているのだが、敗者のディーンズ監督は「前半は互いに重圧を掛け合う展開ではあったが、BL東京にリターン(得るもの)が大きかった。それが結果的に差を生み出してしまった」と振り返る。

わずか4点差という接戦ながら、相手に自分たちの反則による得点機を与えなかった東京のディシプリンの改善が、3月の対戦とは真逆の結末をもたらした。しかも、前半終了直前のシン・ビン(10分間の一時退場)で埼玉WKが14人の戦いを強いられていた後半5分にBL東京がしっかりと7点を奪ったことも、4点差という最終スコアに繋がった。2か月前は自分たちの反則が致命傷になったチームは、今度は相手に致命的な反則を犯させて頂点に登り詰めた。

堀江のパスの50cmが明暗を分けたほどの死闘を繰り広げたことからも判るとおり、この2チームの実力はほぼ互角と考えていいだろう。もちろん別のアングルから考えると、3月には敗れたBL東京が、シーズン最後に埼玉WKに肩を並べ、死闘を凌ぎ切ったのも事実だ。この2チームだけではなく、準決勝で埼玉に17-20と迫った横浜E、BL東京に20-28と渡り合った東京SGと、トップ4チームの実力は、その順位別賞金(5000-500万円)以上の近似値にあることも間違いない。

そんな混戦の様相をみせる上位争いで、モウンガは来季へ向けたチームのあるべき姿についても語っている。連覇と同時に常勝軍団というポストを築き上げていくことがミッションになるが、クルセイダーズで6連覇を果たした経験値から、こう語っている。

「今年は戦う中でいいバランスを見つけられたかなと思います。でも、当然もっとよくできる部分はあると思います。来季は今年より良くなる部分があるはずです。だからチームは変わらないといけない。同じことをしているだけで2シーズン続けて勝てるチームはないからです。クルセイダーズは毎年進化し続けてきました。大切なことは、固定概念を取り払い、何か新しいものを創造していくことです。今季は勝ちましたが、またチャレンジになります。ここで満足して1回のタイトルだけでいいのか、もっと勝ちたいのか。それはチームの全員にかかっています」

一度の勝利に満足せず、もっと強くなりたい、来季も勝ちたいという思いを、選手、スタッフ1人ひとりがどこまで持ち続けることが出来るかが、クルセイダーズを勝ち続けるチームに鍛え上げた。モウンガの話を聞きながら、数年前に聞いた言葉が頭の中に浮かんできた。

Strive for Victory

簡単に訳せば「勝利のために懸命に努力する」という意味だが、この言葉を聞いたのは、元オールブラックスSHのアンドリュー・エリスからだった。モウンガと同じクルセイダーズのOBでNZ代表の2011年W杯優勝メンバーが、神戸在籍時の単独インタビューで語っていた言葉だ。代表でプレーする時でも、選手間、コーチ、スタッフとの会話で何度も使われていたと聞いた。そんな、シンプルに、なおかつ成功を収めてもさらなる勝利を追求するために努力を続ける姿勢が、NZラグビー、そしてクルセイダーズというクラブに脈々と継承されている。

モウンガのBL東京での契約は3年だが、すでに母国NZからは帰国を切望する声が日々発信されている。モウンガの母国では、海外クラブでプレーする選手は代表に選ばれないルールがある。しかし、昨季までクルセイダーズでコーチ、選手としてモウンガと共に戦ってきたスコット・ロバートソンがオールブラックス監督に就任したことで、代表復帰を切望する熱量は高まり続けている。

現地報道ではBL東京との契約内容を変えなければ帰国は難しいという「但し書き」にも触れてはいるが、それを反故にしてもモウンガを取り戻したいという機運を、協会、メディアが情報操作しているようにもみえる。それに対してリーチマイケルは「リッチーはBL東京だけしか考えていなくて、向こうが言っているだけ。帰りたいという気持ちは聞いていないし、長くこのチームにいてほしい」と“雑音”を遮断する。

モウンガ自身が指摘するように、BL東京が勝ち続けるためには、全員が今季以上に成熟することが不可欠だ。その中で、選手という素材を美味い“料理”に仕上げる10番を背負ったシェフがいなければ、今季を越えるメニューは味わえないはずだ。

吉田 宏 / Hiroshi Yoshida

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