政治献金の透明化は諸刃の剣?

2024年初め、台北の中心部・大安区で選挙活動に当たる中国国民党(KMT)の羅智強氏 (swissinfo.ch)

政治家や政党は、一体誰から活動資金を受けているのか?政治献金規制を強化した台湾は、規制の緩いスイスとは対照的な存在だ。だが情報開示には、実はデメリットもある。

中国国民党(KMT)の候補者・羅智強氏(54)と民主進歩党(DPP)の国会議員候補者、謝佩芬氏(37)は、もう何年も前から首都台北の中心部・大安区で地方選挙や国政選挙に出馬するベテランだ。

候補者の似顔絵のお面やハンカチ、バッジ、ビスケット、そしてペットボトルの水。選挙が近づくと、2人は人通りの多い街角に立ち、道行く人たちにこうしたプレゼントを配る。潜在的な有権者に働きかけるチャンスを逃がさぬよう、台湾の政治家なら誰もが用いる「必需品」だ。

かつて台湾では票が買収されていた

一方、金銭を贈る際に用いられ、東アジアでは今も広い地域に残る「紅包(ホンパオ)」と呼ばれる赤い封筒はすっかり影を潜めた。台湾でも結婚式や卒業式、子どもの誕生など特別な日には見かけるが、選挙運動からは姿を消した。

台湾の独立組織「公民監督国会連盟(CCW)」の甘順基副代表はswissinfo.chの取材に対し、「当時行われていた票の買収は、1996年の自由選挙から始まった我が国の民主化に影を落とした」と話す。

だが国家レベルで初の政権交代があった2000年代半ば頃、政治資金の透明性に対する主要政党の態度に変化が現れ始めたという。CCWは2007年の設立以来、台湾の民主主義の監視役として目を光らせてきた。

「主要な政治家全員の情報を収集し、財政の矛盾や公約破りがあった場合、国民に公表している」と甘氏は強調する。

献金には上限が

台湾の政治資金に関する情報公開法が過去20年間に次第に強化されていった背景には、CCWをはじめとする市民団体や独立メディアの存在が大きい。台湾金融監督管理委員会の陳美燕事務局長は、「政治資金に関する現行の規正法には、違法献金の抜け穴はほとんどない」と断言する。

台湾の情報公開法は、公開義務が発生する献金の下限だけでなく、上限も定めている。それによると報告義務は1万台湾ドル(約4万8300円)から発生する。ちなみにスイスでは約50倍の1万5千フラン(約260万円)からだ。

また、台湾では政治家1人に対し寄付者1人が最大10万台湾ドルまで献金できるが、スイスにはこういった上限はない。

政治献金の透明性に関するスイス人専門家のバルツ・エルトリ氏は、「上限にはメリットとデメリットがある。メリットの1つは、誰もが同じ土俵に立てることだ。特にスイスでは国民投票の際、小規模の利益団体が財力のある既成政党や団体と闘わなければならないことがある」

お金だけでは票を獲得できない

一方、スイスでは金の力だけでは選挙や国民投票で勝てないと同氏は続ける。「例えば3月の国民投票で是非を問われた定年66歳案は、賛成派の資金力は反対派の7倍だったにもかかわらず否決された」

また、上限を定めることは実際には非常に難しく、無数の回避策を排除しなければならないという。団体「ロビーウォッチ」の理事を務めるエルトリ氏は、集計された関連データを閲覧できるオンライン・ツール「Das Geld + die Politik(マネー+政治)」を運営する調査団「WAV」のジャーナリストでもある。

「透明性は不可欠だ。透明性がなければ、共通のルールはきちんと守られているものと信じるしかない」(エルトリ氏)

政治に対する信頼は透明性のおかげ?

透明性の向上は、民主主義や政治に対する信頼の強化につながるようだ。「台湾の民主主義制度を支持する人の数が、ここ数年で増加した」とCCWの甘氏は強調する。

世界価値観調査によると、台湾人の9割以上(2008年から1割増)が民主主義を支持している。米ピューリサーチセンターの世論調査によると、台湾人の84%(2008年から5ポイント増)が台湾の複数政党制を支持している。

しかし甘氏は同時に、情報公開のデメリットも指摘する。「私たちや当局が公表するデータは、民主主義を尊重する台湾市民だけでなく、隣国・中国にも筒抜けになる」

総統候補に対する中国の圧力

これは特に、中国と関係のある献金者や候補者が感じている問題だと甘氏は話す。「鴻海(ホンハイ)精密工業の創業者である郭台銘(テリー・ゴウ)氏がその最たる例だ。同氏は中国の税務当局からの圧力を受け、総統選の数週間前に出馬を取りやめた」

台湾の金融管理当局が、ゴウ氏の台湾政治への金銭的関与についてデータを公表した後の出来事だった。

これについて、台湾の顧立雄(クーリーシュン)国家安全会議秘書長は昨年末、鴻海精密工業の中国支社はその後「政治的動機による異例の税務調査」の要請を受けたとメディアに語った。

こうした背景から、台湾における情報開示は諸刃の剣となりかねない。甘氏も「中国の非友好的な意図を考慮すると、データや結果を軽々しく一般市民と共有できない」と認める。とはいえ「当局や台湾の各政党とCCWとの関係は良好だ」という。

選挙運動のプレゼントは100台湾ドルまで

この相互の信頼関係は、効果を発揮し始めている。これまでCCWなどの市民団体は金融管理当局が収集したデータにアクセスできなかったが、「その状況に変化があった」と陳氏は強調する。「今ではCCWのような公認団体であれば、選挙の半年後に公開されるデータを事前に閲覧できるようになった」

また日常的な政治活動において、細かいところにも規制が効いている。選挙期間中に政党や候補者が有権者に配って良いのは、今ではハンカチや雨がっぱなど、100台湾ドル(約484円)を超えないアイテムだけだ。

民主進歩党の謝候補の選挙本部では、募金箱にも「個々の献金の上限は1千台湾ドル」と明記されている。また、献金の金額にかかわらず「候補者の似顔絵のお面は2枚まで」とあった。

編集:Mark Livingston独語からの翻訳:シュミット一恵、校正:ムートゥ朋子

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