馳知事、発生時は都内 地震後、急きょ石川へ 奥能登で震度5強

地震発生を受けて都内から石川県庁に戻った馳知事(左)と中塚戦略広報監=3日午前11時5分

  ●西垣副知事、中塚広報監も上京中

  ●首相面会取りやめ、4時間半後に県庁到着

 奥能登で震度5強の地震があった3日早朝、馳浩知事は都内の自宅に滞在中で、石川県庁に到着したのは発生から約4時間半後だった。3日午前に官邸で岸田文雄首相と面会する予定があったためで、県職員は元日に続いてトップ不在の中で情報収集に当たった。馳知事は「(県庁と)連絡は常に取っており、問題はなかった」と強調するが、西垣淳子副知事や中塚健也戦略広報監も都内にいた。元日と同じ幹部3人がそろって石川を離れる事態に、危機意識の薄さを指摘する声も上がっている。

 馳知事が岸田首相と面会するのは、県の復興基金に520億円の交付税を措置すると決めたことへの謝意を伝えるためだった。

 3日午前9時ごろから官邸で面会する予定で、2日午後に北陸新幹線で東京へ向かい、都内の自宅に泊まったという。

 しかし、3日早朝に地震が発生したことから、予定をキャンセルして石川へ戻ることに。西垣副知事、中塚広報監とともに新幹線に乗り、午前11時すぎ、県庁に入った。地震を受けた県の対策本部員会議は同11時50分に始まった。

 西垣副知事、中塚広報監はともに馳県政になって起用された「いわば知事肝いりの人材」(県関係者)。西垣副知事は危機管理監室の担当でもある。

 県庁では、元日も馳知事、西垣副知事、中塚広報監がそろって都内におり、県内に残っていた徳田博副知事が陣頭指揮を執った。今回も同じ状況で、ある県幹部は「まだ防災服を着ている非常時に、知事と副知事が一緒に県外へ出るのは、危機管理上いかがなものか」と苦言を呈した。

 別の幹部は「首相と面会するためなので上京するのは仕方ない」と理解を示す一方、重要な場面で再び石川を離れていた知事に「間が悪いとしか言いようがない」と苦笑いを浮かべた。

 馳知事は対策本部員会議後、報道陣の取材に対し「元日は休暇、今回は官邸へのお礼という事情は理解してほしい」と語った。

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