平泉成、ホテルマンから俳優転身の過去「生活苦しく、3畳一間。風呂と夕食は撮影所で」

インタビューに応じた平泉成【写真:ENCOUNT編集部】

6月7日公開の映画『明日を綴る写真館』で主人公を熱演

キャリア60年の名俳優・平泉成(80)が映画『明日を綴る写真館』(6月7日公開、秋山純監督)で初主演を果たした。元戦場カメラマンの写真館主人と若いカメラマンの交流を描く物語。平泉が本作への思い、不遇時代の経験を明かしてくれた。(取材・文=平辻哲也)

昭和、平成、令和と3つの時代を駆け抜けてきた名優はキャリア60年。1964年大映京都第4期フレッシュフェイスに選ばれ『酔いどれ博士』(66/三隅研次監督)で映画デビュー。映画が出発点だけに、その感慨はひとしおだ。

「“いつの日か、きっとこんな日(主演を務める)が来る時があるかも”とは思いつつ、この仕事をやってきたんです。でも、あっという間の俳優生活60年、80歳もすぐそこに……ちょうどそんな頃に話をいただきました」と振り返る。

初となる“主人公”は、写真館を営むカメラマン鮫島武治。若い頃は戦場カメラマンとして活躍。口数は少ないが、客の気持ちを読み取り、彼らの抱える“想い残し”のために被写体の関係を超えてまで奔走する男だ。そんな彼のもとに新進気鋭の若いカメラマン(Aぇ! group・佐野晶哉)が弟子入りを志願し、交流が始まっていく……。

「なんでも主役ならうれしいという年は終わっていましたので、本を見て、納得できる役であればと思ったのですが、本当に素晴らしい本でした。とても優しい普通の人たちがたくさんいるんだよという話だったので、これならばやってみたいと思ったんです」

主人公のイメージは昔気質の父親だ。カメラは平泉自身の趣味でもある。

「僕らが若い頃は、三船敏郎さんがコマーシャルをやっていたけど、『男は黙って……』みたいな感じで、おしゃべりは軽蔑されていました。鮫島さんもあんまりしゃべることに価値がないと考えている人です。思いは写真に込める。そこに納得がいったもんですから、余計なことせず、瞬きをするようにシャッターを切るようにしました」

主人公が歩んできた人生にも共感できた。

「鮫島は家を顧みず、家族をほったらかし。父親が死んで、立派な写真館を継ぐわけだけど、おそらくやりたい放題だったんでしょうね。そういうところは自分に似ているんじゃないかな。僕も、人並みな生活なんてないと思いながら、少しずつ収入も増えたかなという頃にカミさんに出会って、結婚して、うまくいったんだと思います」

苦しかったデビュー当時「人並みの幸せはない、諦めようと」

愛知県で育ち、高校卒業後にホテルに就職。そこから、憧れの映画の世界に飛び込んだ。デビュー当時は生活が苦しかったと明かす。

「もちろん、若い頃から主役をやってみたいなと思っていました。でも、そういう話が来ないもんですから、言われた役をやっていたんです。最初は3畳一間のアパート暮らしで、電気もガスもなかった。電気がついたけど、ガスも台所もない。お風呂もない、トイレは外。この世界を選んでしまったので、人並みの幸せはない、諦めようと思っていました」

夕方になると、撮影所の風呂に入って節約した。

「それでも暇なものだから、先輩が撮影しているのをずっと見て、セリフを覚えるんです。撮影が終わると、みんながいなくなるから、同じように動いて一人で稽古してみたりしました。あの俳優さんはこんな風に歩いていたぞと思いながら真似もしました。最終的には撮影所の食堂で、みんながくれた食券を使って、飯を食って帰る日々だったんです」

念願の初主演はどんな経験になったのか。

「めちゃんこ楽しかったですね(笑)。後は周りの人がすてきに映るように、盛り立ててくれる。キャメラの人たちも必死に写してくれる。楽だったし、楽しかった。普段、脇をやっている時にはどこまでやればいいか、これをやってしまうと主役の人の邪魔になるかなと神経を使っていますが、そんなこと考えないでよかったです」

本作には、佐藤浩市、吉瀬美智子、高橋克典、田中健、美保純、赤井英和、黒木瞳、市毛良枝ら名だたるベテランが集まり、嘉島陸、咲貴、田中洸希(SUPER★DRAGON)といった若手も顔をそろえた。

「みんなが力貸してくれたことには感謝です。今は難しい時代に入ってきたと思い、子どもたち孫たちの将来はどうなるのだろうと思っていたんです。そんな時代の中で、年寄りと若い人が一緒に出てくる作品ができた。この映画は、何かテーマを訴えているような話じゃないですけど、見てくれた人たちが感動してくれたり、ポジティブな気持ちになってくれれば、と思っています」。6月2日には80歳の誕生日を迎えた平泉。本作は記念碑的な作品となった。

□平泉成(ひらいずみ・せい)1944年6月2日生まれ、愛知県岡崎市出身。1964年大映京都第4期フレッシュフェイスに選ばれ『酔いどれ博士』(66/三隅研次監督)で映画デビュー。以降、映画・テレビドラマ・ナレーターと幅広く活動、その個性的風貌からの存在は多くの人に愛されている。主な作品として、『書を捨てよ町へ出よう』(71/寺山修司監督)、『その男、凶暴につき』(89/北野武監督)、『失楽園』(97/森田芳光監督)、『蛇イチゴ』(03/西川美和監督)、『花とアリス』(04/岩井俊二監督)、『シン・ゴジラ』(16/庵野秀明総監督)、『天気の子』(19/新海誠監督)、『マイスモールランド』(22/川和田恵真監督)などがある。平辻哲也

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