広さ東京ドーム5個分の山に牛を放牧 「どこにいるの?」1週間迷子の牛も…山奥の“ポツンと一軒家”に住む繁殖農家の男性の暮らしとは? 後継者はどうする?

その広さは、なんと東京ドーム5個分。自宅の裏山の広大な土地で牛を放牧している男性が、鳥取県南部町にいます。
某人気テレビ番組にも取り上げられた"ポツンと一軒家"でパワフルに生きる男性の暮らしぶりを取材しました。

新緑が美しい、鳥取県南部町。
山々に囲まれたポツンと佇む一軒家で暮らしているのが、奥山俊二さん73歳です。
共に暮らす動物は、猫、犬、烏骨鶏、そして、牛。

奥山俊二さん
「子牛を販売する、和牛の“繁殖農家”ということですね」

繁殖農家とは、繁殖用の母牛を飼育し、子牛を産ませて市場に出荷する農家のこと。

かつてこの地区は牛馬市が開かれるほど牛飼いが盛んな地域だったといい、奥山家でも代々牛を数頭飼ってきました。
元々役場に勤めていた奥山さんですが、14年前、退職を機に飼育頭数を徐々に増やし、今では母牛9頭と子牛を飼育。
現在、この地区で唯一残った繁殖農家だといいます。

奥山さんの家の周りは、見渡す限り山々が続いていますが…

牛の繫殖農家 奥山俊二さん
「一応全部我が家の所有でございまして、約20ヘクタールぐらい」

なんと、東京ドーム5個分・およそ20ヘクタールの土地全てが奥山家のもの。
この雄大な土地を活用し、春から秋にかけて、奥山さんは妊娠した母牛を昼夜放牧しています。

牛の繫殖農家 奥山俊二さん
「山に牛を放牧することは、自分の1つの夢だったので」

高校生の頃から『牛を山に放すこと』が夢だったという奥山さん。
この土地でのびのび過ごした母牛からは、これまでに100頭以上の子牛が誕生しました。

牛の繫殖農家 奧山俊二さん
「きょうは競りの日です。高く巣立ってくれればありがたいですね」

鳥取県琴浦町の中央家畜市場。
この日は、年に10回ほどある競りの日で、県内からおよそ300頭の子牛が集結しました。

奧山さんは大切に育てた3頭で競りにのぞみます。

牛の繫殖農家 奧山俊二さん
「60万くらいいってほしいけど、なかなかそこにはいかんと思いますんで…」

エサ代の高騰などを理由に、全国的に子牛の価格は安値傾向に。
ちょっぴり弱気な奧山さんですが、いよいよ競りが始まりました。

「38万円からいきまーす!38万!」
奥山さん
「上がれ、上がれ、上がれ、上がれ…」

数字はどんどん上がり、目標の60万を見事突破!
「葉月」の最終落札額は61万2000円、これには奧山さんもほっとした表情です。

牛の繫殖農家 奧山俊二さん
「僕としては、今日の相場からすれば、“ありがとうございました”、ですね」

ほか2頭もまずまずの結果となり、それぞれ県内外の肥育農家へ無事買い取られていきました。

退職後のセカンドライフで「牛を山で放牧する」という夢を叶えた奥山さん。
しかし、ちょっぴり困った問題も抱えています。

牛の繫殖農家 奧山俊二さん
「ウシさんウシさん、どこにいるの…?」

1つ目は、「土地広すぎ問題」。
この日、放牧されている牛を探していた奥山さんですが…
土地が広大すぎて、牛の姿をなかなか見つけることができません。

Q .姿が見えないですか?
牛の繫殖農家 奥山俊二さん
「ちょっと見えんですね…」

取材班と共に捜索すること1時間。
奥山家の広大な土地を駆けずり回りましたが、結局この日は見つけることができませんでした。

奥山さんによると、こうしたことは日常茶飯事。
牛に発信機などもつけていないため、過去には1週間くらい行方不明になった牛もいたといいます。

そして、2つ目の問題は…

牛の繫殖農家 奥山俊二さん
「自分らは年金と一緒に生活ができますけん。でも、そういうものなしですべてをまかなっていくのは、今の規模では難しい」

頭を悩ませる「後継者問題」です。
飼料高騰などもあり、繁殖農家を取り巻く環境は厳しいもの。
家族以外の人への事業承継も考えつつ、奥山さんが期待の眼差しを向けているのは、広島県の大学に通う孫娘の花菜さんです。

ずばり、跡を継ぐ気持ちは?

奧山さんの孫 奥山花菜さん
「前々から牛どうしようかなぁって話出るので。ただ、私としてはちょっと荷が重いかなっていう…牛を飼うビジョンは具体的に見えないが、鳥取に帰って就職したいって思いはずっとあります」

今は国語の教員を目指して勉強中の花菜さん。
いつか教師と牛飼いの二足の草鞋を履く日がくる…?かもしれません。

牛の繫殖農家 奥山俊二さん
「1度しかない人生ですから、自分らの年代の方々も楽しく生きていくってことが良いことじゃないかなと思っています」

人生100年時代、奧山さんのセカンドライフはまだまだ続いていきます。

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