【タイ】ホンダ、電動バイク本腰[車両] 個人に貸出開始、稼働800台超に

法人向けに3年近くレンタルしてきたベンリィe:。タイ・ホンダは5月、個人向けレンタルを開始した=5月17日、タイ・バンコク(NNA撮影)

ホンダの二輪生産・販売子会社タイ・ホンダは5月、バンコク首都圏でバッテリー交換式の電動スクーター「BENLY(ベンリィ)e:」の個人向けレンタルを開始した。法人向けから、食事配達やバイクタクシーの運転手として働く個人に間口を拡大。稼働台数を現在の約350台から、年末までに800台超へと増やす計画だ。電動化の加速に向けてライダー(二輪車ユーザー)のニーズ把握に注力し、販売モデルの開発に生かす。【天野友紀子】

タイ・ホンダは2019年に電動バイクの実証を開始した。21年にバッテリー交換式で法人向けレンタルを本格化。サービス開始から3年近く経過し、バイク運転手として働く個人の間でも「試してみたい」という関心が高まっていることから、今回新たにバイク運転手向けのレンタルを始動した。

5月中はバンコク都内の3カ所で計4日間、ベンリィe:の試乗会を開いた。4日間で計800人近くが試乗。参加者からは「加速性能を懸念していたが、ガソリンバイクと同等だった」「小回りが利くので街乗りに適している」など前向きな感想が聞かれた。

■月4500バーツで「経済的」

ベンリィe:は、月々4,500バーツ(約1万9,300円)でバイク運転手に貸し出す。契約者は首都圏に44カ所あるバッテリー交換所を回数無制限で利用でき、メンテナンス費も無料で追加コストは一切かからない。

タイ・ホンダで電動化(EV)戦略を担当するナッタチャイ最高経営企画責任者は価格設定について、「ライダーが許容できる値段にしている。燃料費もメンテナンスコストもかからないため経済的だ」と説明する。試乗会では特別に、「1年契約で月々3,000バーツ」とする限定パッケージを用意。試乗した40代の男性ライダーは「ガソリン代が必要なく1日たった100バーツと考えると、とても手ごろだ」と契約に関心を示した。

ナッタチャイ氏によると、バンコク首都圏のバイク運転手の1日当たりの走行距離は平均200キロメートルに達する。ベンリィe:の航続距離は78キロで、1日当たり2~4回バッテリーを交換する計算になる。

交換所は現在、これまでに収集した利用状況のデータを基に最適化と利便性強化を進めている。44カ所は年内に、世界水準で最新鋭のバッテリー交換所「Honda Power Pack Exchanger e:」へと刷新する。最新設備は20秒ほどでバッテリー交換を完了できるほか、充電にかかる時間も5時間以内から3時間以内へと大幅に短縮される。

ナッタチャイ氏と最新のバッテリー交換設備。年内に44カ所全ての交換所を最新設備に切り替える=5月23日、タイ・サムットプラカン県(NNA撮影)

■「バイクを感じる」モデルで差別化

昨年急速に販売台数を増やした電気自動車(EV)ほどではないものの、タイでは電動バイクの利用も本格化しつつある。「Hセム」「EM」「ライオン」といった地場ブランドも台頭。NNAの調査によると、Hセムは同等のプランを初月4,990バーツ、2カ月目以降3,990バーツと、ホンダと同価格帯で提供する。

ナッタチャイ氏は「各社にそれぞれ優位性がある」と前置きした上で、「他社の電動バイクが自転車起点であるのに対し、ホンダはバイク起点である点が強みだ」と語る。加速性能や安定性、運転時の感覚がガソリンバイクと遜色ないといい、電動ながら「しっかりバイクを感じられる」として、他社の電動バイクから乗り換える運転手が少なくないそうだ。

ナッタチャイ氏は「年末までに稼働台数を800台以上に増やす目標だ」と語る。個人との契約を増やすことでユーザーの利用習慣やニーズを直接吸い上げ、新モデルや電動バイクのビジネスモデルの開発に生かすことが、最も重要なミッションとなる。

2人乗りで試乗する運転手。4日間の試乗会で、計800人近くがベンリィe:を体験した=5月17日、タイ・バンコク(NNA撮影)

■販売モデルは時期見極め

タイ投資委員会(BOI)によると、昨年の電動バイクの新車登録台数は前年比2.2倍超の2万1,677台と急増した。今年1~4月も前年同期比32%増の9,057台と増えている。

地場ブランドは販売も行っており、ナッタチャイ氏によると、このところはバッテリー交換式モデル(主にレンタル)よりも充電式モデル(主に販売)が主流となり市場の9割近くを占める。新型コロナウイルス流行中は首都圏を中心にレンタル式がぐっと増えたが、コロナ後は地方で充電式の販売が伸びているそうだ。

ナッタチャイ氏は「ホンダももちろん将来的には販売を始める」と語るが、具体的な時期はまだ見極めが必要との見方を示す。ガソリンバイクの買い替え周期は平均7年(ナッタチャイ氏)だが、電動は長年使われた実績がないため、バッテリーがどのように劣化していくかまだ不明瞭で、適正な残価(ローン契約満了時の想定下取り価格)も算出が難しい。ホンダのバイクはガソリン1リッターで70キロの走行が可能で、電動バイクに切り替えても四輪のEVのような燃費削減効果がない。そのため、EVのような急速な普及の兆しが見えていないという事情もある。

すばやく展開するメーカーが多い一方、ユーザーの安全と利便性を最優先するホンダの姿勢に信頼を寄せるタイ人消費者は少なくない。バイクタクシーをよく利用するという20代の女性は「ホンダを含む日本の企業は急いで展開するのではなく、確実性を大事にしているので好感が持てる」とコメント。試乗会でベンリィe:を体験した男性運転手は「電動は長期的には雨や洪水がバッテリーに与える影響が心配だが、長年の実績があるのでホンダなら信頼できる」と話した。

ホンダ本社は来年までに世界で電動バイク10車種、30年までに30車種を投入する事業計画を掲げる。21~30年に約5,000億円を投じて生産拠点などを整備し、30年に電動バイクの生産コストを50%削減。30年の電動バイク販売台数を400万台、新車販売の15%相当に引き上げることが目標だ。タイ・ホンダも本社の計画に沿って、開発や新型車の投入を加速する。

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