繊細な感情を乗せる美しい音「不協和音」【榎政則の音楽のドアをノックしよう♪】

「不協和音」という言葉をご存知でしょうか。「この出来事は、私の古くからの親友との間に鳴った初めての不協和音だった」などと言えば、「ああ、この2人はうまくいかなくなったんだな」と思いそうなところです。「不協和音」は、相容れない二つの音、という意味で捉えられていることが多いように思います。

(西洋の)音楽理論には、不協和音の定義がしっかりと存在しており、直感的には不協和音でないような音も、不協和音であることがあります。実際のところ、不協和音かどうか、という判断が直感的にできるようになるためには、訓練と勉強が必要です。

今回は、そんな不協和音についてのお話です。

不協和音の定義

不協和音の定義は簡単です。

不協和音の定義:協和音ではない和音

しかし、これではあまり情報が増えていませんね。 「協和音」という言葉が出てきたので、協和音の定義を見てみましょう。

協和音の定義:どの2音間の関係も、協和音程であるような和音 (※上級者向けの注:短調のII度の第一転回形を例外的に協和音として認める場合もあります)

例えば、「ド-ミ-ソ」という和音で考えてみましょう。「ド-ミ」も「ミ-ソ」も「ド-ソ」も協和音程であれば、「ド-ミ-ソ」は協和音であるということです。 しかし、まだ分からない言葉がありますね。「協和音程」という言葉です。

協和音程の定義:完全1.5・8度、長短3.6度、両方の音が最低音でないような完全4度、これらの複音程

これらの意味を明確に分かるためには少々音楽理論の知識が必要ですが、まずは、「協和音」「不協和音」に定義があるということを知って頂けたらと思います。

⇒「ピアニストがよく見る悪夢」3選!

一点注意が必要なのは、「ド-レ♯-ソ」と、「ド-ミ♭-ソ」は、ピアノの鍵盤上であれば全く同じ音ですが、前者は「ド-レ♯」が増2度(不協和音程)のため不協和音、後者は協和音だということです。

全く同じ音が鳴っているはずなのに、音符の書き方によって協和音か不協和音かが変わってきてしまいます。これは、音の前後関係で、同じ音でも協和音か不協和音かが変わるということを意味します。

不協和音ってどんな音?ピアノで聞いてみよう

手元にピアノがあれば、簡単に不協和音を聞くことができます。最も簡単な方法は、隣り合った二つの鍵盤を同時に押すだけです。白鍵と白鍵でも、白鍵と黒鍵でも、黒鍵と黒鍵でも構いません。隣り合った二つの音を同時に弾けば、ぶつかり合ってびりびりするような音が鳴ります。

また、オクターブで鳴っている二つの音の一つを一個隣にずらしただけでも不協和音が鳴ります。 特に、シと、その一オクターブ上のシの隣のド、を同時に鳴らすと、強烈な不協和音が鳴ります。これぞ不協和音といったような音で、この音を曲中で美しく使うイメージがあまり得られないかもしれません。

3つ以上異なる音が鳴っているような和音のうち、協和音は、「長三和音」と「短三和音」の二種類しかありません。(※上級者向けの注:短調のII度の第一転回形は「減三和音」ですが例外的に協和音と見なされます)

4つ以上の異なる音を鳴らしたら、それは必ず不協和音です。例えば「ド-ミ-ソ-シ」と弾けば、透き通ったような美しい音が鳴りますが、「ド-シ」の関係が長7度という不協和音程が含まれているため、不協和音となります。

このように美しい不協和音もある一方で、言葉通りの不協和音もあります。 「ド-ド♯-レ-レ♯」のように連続した4つの音を鳴らせば、和音というよりもはや打撃音、または雑音のように聞こえるでしょう。

音楽はほとんどが不協和音

実際の音楽の中で聞く音はほとんどが不協和音です。

特にジャズは協和音が鳴る瞬間はほとんどありません。ジャズの中で協和音を弾いてしまうと、あまりに単純すぎて、不自然な感じを受けるでしょう。

クラシック音楽は比較的協和音が多い音楽ですが、基本的には不協和音がなるべく多くなるように作られています。不協和音から協和音に流れる、または、不協和音から別の不協和音に流れる、という関係を大切にしているのがクラシック音楽の特徴だからです。

逆にロックはイメージに反して協和音が多い傾向にあります。ロックな響きを作るのに、単純な和音が適しているからです。複雑な不協和音を使ってしまうと、音色のカッコよさが目立たなくなってしまいます。

不協和音は繊細な表現ができる

音楽の印象は、何から作られるのでしょうか。 特に大きな要素は、リズムと音色です。 「短調は悲しい曲」「長調は明るい曲」と言われることがありますが、実際にはリズムと音色のほうが音楽に与える影響ははるかに大きいです。

不協和音か、協和音か、といった和音の種類は、音楽に与える印象のインパクトとしては非常に小さなものです。そもそも、かなり訓練を積んで、理論を勉強しなければ、今鳴っている和音の種類が何なのかを正確に把握するのは困難です。

そのかわり、和音の種類は繊細な表現をするのに向いています。

⇒音大生の練習にかける情熱!

少し難しい話ですが、Cというコードでは「ド-ミ-ソ-ラ」と「ド-ミ-ソ-シ」という2つの和音が可能です(他にも可能な和音はたくさんあります)。どちらも不協和音ですが、受ける印象は違います。 「ド-ミ-ソ-ラ」のほうがどちらかというと明るく、力強い印象があるのに対し、「ド-ミ-ソ-シ」のほうは繊細で、神秘的な印象があります。

「悩む」といった言葉に、「希望を持った悩み」なのか、「絶望の悩み」なのか、「人のことを思った悩み」なのか、このような差を表現するのは不協和音が適しています。音楽の速さにもよりますが、1秒程度の和音のわずかな差に、繊細な感情を乗せることが可能になるのです。

協和音のみの単純な音楽で、ここまで繊細な感情を乗せることは困難です。

不協和音を意識した演奏

特に繊細な音楽を演奏するときは、不協和音を意識することがとても大切です。

不協和音は定義から、かならず和音のどこかに不協和音程が含まれています。 たとえば、「ド-ミ-ソ-シ」なら「ド-シ」、「ド-ミ-ソ-ラ」なら「ソ-ラ」が不協和音程になります。

この不協和音程を作り出す2音を見つけるのが、不協和音を理解するための最初のコツとなるでしょう。

不協和音程には大きく分けて2種類の性格があります。 「音に方向性を持たせる性格」と「音色を複雑にする性格」です。

音楽の中でどのように使われるかにもよりますが、多くの場合「ド-ミ-ソ-シ」の「ド-シ」には、シをラに向かわせるような性格があります。

逆に「ド-ミ-ソ-ラ」の「ソ-ラ」は、「ド-ミ-ソ」を少し複雑な音にするために、ラを付け加えたという性格を持つことが多いと思います。

和音の中の音と音の関係に意識してどのような性格を持った不協和音なのかを考えると、一歩進んだ表現ができるようになるかもしれません。

不協和音という言葉からは、「不和」や「醜さ」といった言葉が連想されますが、音楽用語としての不協和音は繊細な感情を乗せることができる美しい音であることが多いです。

なかなか正確に理解することは難しい概念ですが、ピアノやギターのように和音を鳴らすのが得意な楽器を持っている方は、様々な和音を鳴らしてみてください。その和音から受ける印象がどのようなものかに耳を傾けてみると様々な発見があるかもしれません。(作曲家、即興演奏家・榎政則)

⇒Zoomでピアノレッスン、D刊・JURACA会員は無料

 榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。

© 株式会社福井新聞社