「不審物が見つかりました」EURO開幕前のドイツで空気がピリついた瞬間「どうかスタジアム内で待機していてください」【現地発】

EURO2024の開幕が近づいている。4年に一度行われるサッカーの祭典。2020年大会は新型コロナウィルスの流行で1年延期となり、加えて欧州サッカー連盟(UEFA)60周年記念特別大会として13か国での分散開催という例外的な大会だった。1か国で開催されるのは、16年のフランス大会以来8年ぶりだ。

今回の舞台はドイツ。国際大会が開催されるのは11年女子ワールドカップから13年ぶりとなる。ドイツでは21のEUROや22年W杯のころは新型コロナウィルスの影響もあり、パブリックビューイングを設置することもなかった。

今大会に向けては開催都市だけではなく、各地で大掛かりなイベントが準備されている。フランクフルトでは06年W杯でも行われた街中を流れる大河マインの中州に大型スクリーンを設置するというパブリックビューイングを準備。ブレーメンではドイツ中の女子サッカーチームに声をかえ、《ミニ・ヨーロッパ選手権》が開催されるという。各地で「最高のイベントにしよう」という空気を感じられると、こちらもやはりワクワクしてくる。

スタジアムもEURO仕様にバージョンアップされたりしている。先日1部16位のボーフムと2部3位のデュッセルドルフとの入れ替え戦で、後者のホームスタジアムを取材で訪れたが、メディアルームや選手に取材をするミックスゾーンが劇的に改装されていた。受け入れ態勢は万全だ。

また今大会では10会場で開催されるが、2部所属クラブのスタジアムが半分の5つ入っているのが興味深い。ベルリン(7万人)、シャルケ(5万人)、ハンブルク(5万人)、デュッセルドルフ(4万7000人)、ケルン(4万7000人)。2部でもこうした大会が開催できる規模のスタジアムを本拠地とするクラブが当たり前にある事実には、やはり驚きを禁じ得ない。

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一方で、こうした世間的な注目を集める国際大会では様々なリスクもついてくる。コロナ禍前に時計の矢印を戻す。いくつかのテロ襲撃事件があったことを覚えているだろうか。2015年、翌年にEURO開催を控えるフランスで行われたフランス代表とドイツ代表との親善試合がそうだった。

試合中に巨大な爆破音が響き、付近のレストランなど3件の爆破事件を含む大規模テロが発生。試合後に観衆がピッチ上に避難する深刻な事態になった。16年12月にはベルリンのクリスマスマーケットに一台の大型トラックが突っ込む、ISIS(イスラム国)によるテロ事件が発生。12人の死亡者と50人以上の負傷者を出した。痛ましい事件は他にも起きた。悲しみの連鎖を断つことができないのかと多くの人が嘆いた。

あの頃から時間はだいぶ過ぎている。ここ最近ではそうしたテロ騒動がニュースを賑わすことはない。だが、危険性がゼロになることもない。警戒は常にしておかなければならない。こうした世界的な注目を集める大会だからこそ、そうした動きが秘密裏にないとは言い切れない。悲しいことだが。

実際に6月3日にニュルンベルクで行われたドイツ代表とウクライナ代表では空気がピリつく瞬間があった。0-0の引き分けで終えた試合後、ミックスゾーンへと移動し、選手インタビューの準備をしていたところ、突然大きな音で場内アナウンスが流れてきた。それは警察からの緊急アナウンスだった。

「スタジアム外で不審物が見つかりました。警察としてこの事態を深刻にとらえており、現在対処しているところです。こちらからアナウンスがあるまでどうかスタジアム内で待機していてください」

何が起きたかの詳細な情報はない。警察の言うように、アナウンスがあるまで待つしかない。幸いなことに30分ほどで警察から「スタジアムで待機の皆さん、もう大丈夫です。危険物の可能性はないことが確認されました。気をつけておうちにお帰り下さいませ」とのアナウンスが入り、みんなでホッと一息ついたものだ。しばらくしてドイツとウクライナの代表選手、スタッフを乗せたバスも無事に出発していった。

そういえば、試合終了後ミックスゾーンへと移動する時にちょっとした押し問答があった。ブンデスリーガの取材だと記者席からダイレクトでミックスゾーンへ行けるのだが、今回は動線が違い、一度外へ回らないといけない。ミックスゾーンの手前でロープが張られ、複数のセキュリティスタッフがそこに陣取っていている。

取材陣が「ミックスゾーンに行きたいんですが」といっても、「ここは誰も通すなと言われています。ご理解を」だけで取りつく島もない。結果としてしばらく待ったらロープも外され、僕らは無事ミックスゾーンへと行くことができたが、正直最初は「融通が利かないなぁ」という思いがないわけではなかった。慣れとは怖い。でも試合後の騒動があった今、セキュリティの大切さを改めて感じた次第だ。

セキュリティの手順が確かに堅実にされるべきなのは間違いない。欧州中から、世界中からサッカーファンが集まってくるサッカーの祭典。せっかくの国際大会を心ゆくまで楽しんでもらえるために、不安要素をしっかりと取り除き、それぞれがストレス少なくEUROを楽しめるようにと裏で懸命に動いている人もたくさんいるのだ。

取材・文●中野吉之伴

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