ウクライナ平和サミットの不安要素 スイスの決断は正しかったのか

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は1年前、首都ベルンのスイス連邦議会でビデオ演説を行った (Keystone / Peter Klaunzer)

スイスのルツェルン州ビュルゲンシュトックで15~16日、ウクライナ平和サミットが開かれる。だがスイスはロシアを正式に招待しておらず、これに対して一部議員から疑問の声が上がる。ロシアがサミットを批判すればするほど、その声は大きくなっている。

始まりは、昨年6月15日にスイス連邦議会で行われたビデオ演説だった。ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領はビデオメッセージを通じ、和平に向けた国際会合を開催するようスイスの連邦議会議員らに呼びかけた。この予期せぬ要請に、当初は誰もがその対応に戸惑った。

スイスの立場は一方的?

そして今、ゼレンスキー氏の願いが現実のものとなった。提案が出された1年後の同じ日、90カ国・組織を迎えた「ウクライナ平和サミット」がスイスで開催される。会場に選ばれたのは、スイス中部にあるルツェルン湖(フィアヴァルトシュテッテ湖)を眼下に見下ろすビュルゲンシュトックホテルだ。

一方、そこから70キロメートル離れたスイス連邦議会では、外交専門の政治家たちが根本的な疑問の解を求めて頭を悩ませている。スイスは一方の肩ばかり持ってはいないか?なぜスイスはロシアを招待しなかったのか?そしてロシア不参加の平和サミットに、一体何の意味があるのか?

スイス外交に求められるバランス感覚

ロシアによるウクライナ攻撃が始まった当初から、中立国スイスは身の振り方に苦心してきた。欧州連合(EU)や米国からの圧力もあり、一方では欧州の一員として西側諸国に協調し、国際法に則った立場からウクライナを支援してきた。

その一方で、豊かな小国スイスは中立国としての特殊な立場を盾に、常に平和の仲介者としての伝統を強調してきた。今回の平和サミットは、スイスがこの役割を実現し際立たせるには絶好の機会だ。

また名誉挽回のチャンスでもある。スイスのこれまでの対応について主要パートナー国は「銀行国家スイスはロシアの資産追及が手ぬるい」、「他国が何十年も前に購入したスイス製武器をウクライナに供給することを禁止した」など、時に厳しい批判を浴びせてきた。

中立的な距離を置く

ウクライナ紛争におけるスイス外交がいかに危険な綱渡りだったかは、スイス連邦内閣(政府)のゼレンスキー氏に対する対応にも表れている。ゼレンスキー氏が1年前に連邦議会でビデオ演説を行った際、連邦内閣はロシアの機嫌を損ねないよう出席を控えている。中立的な距離を保ち、演説へのコメントも避けた。

だが半年後の今年1月にゼレンスキー氏がスイスを訪問した際、連邦内閣は同氏の提案を受け入れただけでなく、それを自らの提案として採用した。無論、ゼレンスキー氏がこのサミットを利用して自身の10項目からなる和平案を推進し、それに対する国際的な支持を求めていたのは承知の上だ。

ラブロフ氏の批判

ニューヨークでロシアのセルゲイ・ラブロフ外相と会談したスイスのイグナツィオ・カシス外相は、この決定がロシア側でどう受け止められたかについて知ることになる。1時間にわたる会談でラブロフ氏は、開催予定の和平サミットは一方的だと痛烈に批判した。

swissinfo.chが政府関係筋から得た情報によると、ラブロフ氏はロシアが招待を望まず、招待があっても決して受け入れない旨をカシス氏に伝えた。スイス連邦内閣はこれを受け、ニューヨークでの批判に加えてこれ以上ロシアの機嫌を損ねないよう、正式な招待を控える決定を下したという。

スイス連邦議会の外交専門政治家はこれをどう見るか。保守右派・国民党(SVP/UDC)のルーカス・ライマン国民議会(下院)議員は「ロシア抜きならサミットは開催すべきでない」と言う。同党は既にゼレンスキー氏の議会演説をボイコットしており、このサミットも当初から批判していた。同じ党のフランツ・グリューター氏は「ウクライナ平和サミットは仲介者としてのスイスの伝統とは何の関係もない。仲介には、当事者である両者が立ち会うものだ」とした。

「スイス外交の最低点」

グリューター氏はこの会議はスイスの外交政策の最低点だと手厳しい。平和活動や和平仲介は、交戦中の両国の間に入ってそれぞれの主張の調整や条件の提示などを行うものだとし、こうした交渉は時間を要し、通常は水面下で行われると話す。「だがこの会議は最初から公の場で発表され、時間的なプレッシャーもあった。初めから進め方を誤っていた」

左派・緑の党(GPS/Les Verts)のニコラス・ヴァルダー氏は「確かに、今回のスイス連邦内閣の進め方は独特だった。参加者が決まってもいない会議の開催を発表したのだから」と話す。同氏もスイスがロシアを「正式かつ無条件に」招待しなかったのは誤りだったとみる。「ロシアが国際法に違反したのは明らかであり、いかなる条件も出せる立場にないが、せめて正式な招待はすべきだった。まだ参加をためらっている国々に対して公平であるためにも」。ただ、同会議はスイスの和平仲介の伝統には合致するとした。

平和のために尽くすスイス

下院外務委員会のローラン・ヴェルリ委員長(急進民主党=FDP/PRD)は「スイスは現在、世界で唯一平和のために行動を起こしている国だ」と語る。「もちろん完璧ではない。6月15日に平和が訪れるわけでもない」

だがフランスとドイツがウクライナへの提供武器によるロシア領土の攻撃を容認する中、スイスは別の道、すなわち平和への道を示しているとした。

ウクライナ平和会議に対抗する新たな会議

ロシアはここ数週間、ウクライナ平和サミットは一方的だとあらゆる方面でアピールしてきた。また、主要新興経済国への影響力が再び強まっていることを利用し、スイスの平和会議に参加しないようこれらの諸国に圧力をかけた。

この戦略は実を結び、中国とブラジルは「全ての当事者が平等に参加し、あらゆる和平案について公平に議論する」独自の会議の開催計画を発表した。

またその直後、中国の不参加と、ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ大統領による招待辞退を示唆する報道があった。カシス氏が自ら中国とブラジルに赴き参加を促すなど、主要新興国を引き入れようと努めていたスイスには痛手となった。

一方、ロシアにしてみれば思惑通りだ。ラブロフ氏はカシス氏との会談直後に「会議の唯一の目的は、できるだけ多くの参加者を集めることだ」と述べ、最も重要なのは「ゼレンスキーの和平案」を支持する証としての全体写真だと発言していた。

エリザベート・シュナイダー・シュナイター下院議員(中央党=Mitte)は「もちろん米国、中国、そしてロシアのトップが参加することが望ましい。ロシア抜きに平和は語れないからだ」としつつ、現実的な政治的観点から言えば、この紛争に対する立場を明確にしサミットを開催する方が、平和について誰も何も語らないよりはましだと話す。ロシアのウクライナ侵攻を巡りスイスが国際法と西欧の価値観を守ることは正当かつ当然の行為で、「スイスの安全も脅かされていることを考慮すべきだ」とした。

あらゆる手段を使ったロビー活動

会議を目前に控え、スイス外交は可能な限りハイレベルの承諾を得ようと世界各地でロビー活動を続けている。これは辞退が出るたびに自国の手柄とみなすロシアとの綱引きだ。議員の間では、ロシアがここまでやっきになるのは、ウクライナ平和サミットが既に現時点でいかに重要であるかの表れだとする声もある。

また、スイス外交に通じる一部の議員らは、ガス供給や業務提携をかざして圧力を強めているのはロシアだけではないと話す。スイスもまた、こういった協議の場では貿易協定や経済条約の締結を視野に入れ働きかけているという。

>>ウクライナ平和会議では、どのようにして和平への道を見出すのか。最も重要なポイントをまとめた記事はこちら:

「グローバルサウスへの重要な貢献」

新興・途上国「グローバルサウス」は、このロビー活動の主要な対象でもある。スイスは当初からグローバルサウスの参加を重視し、積極的に招待してきた。外務委員会の副委員長を務めるジーベル・アルスラン下院議員(緑の党)は、「長い間、このような会議に対等な立場で参加することができなかった国々にスイスが発言の機会を与えることは重要だ」と言う。

同氏によれば、ロシアはグローバルサウスへの影響力を拡大するためにあらゆる手を尽くしている。スイスはウクライナ平和サミットの開催によってこれに一石を投じるだろうとした。

編集:Benjamin von Wyl、独語からの翻訳:シュミット一恵、校正:宇田薫

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