いよいよ開幕するEURO。現地で感じる熱は?セルビア代表の仕上がりは?【喜熨斗勝史の欧州戦記】

セルビア代表のドラガン・ストイコビッチ監督を右腕として支える日本人コーチがいる。“ピクシー”と名古屋でも共闘し、2010年のリーグ優勝に貢献した喜熨斗勝史だ。

そんな喜熨斗氏がヨーロッパのトップレベルで感じたすべてを明かす連載「喜熨斗勝史の欧州戦記」。今回はまさにEURO直前の心境やチームの状態などを語ってくれた。

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いよいよEURO2024が開幕します。旧ユーゴスラビア体制崩壊後は初となるセルビア代表の本大会出場。オーストリア代表(●1-2)とスウェーデン代表(〇3-0)とのテストマッチを終えて、我々は6月11日に開催地ドイツのアウクスブルクに入りました。1次リーグ初戦イングランド代表戦へ向けて最終調整をしている段階です。

22年ワールドカップ・カタール大会もお祭りでしたが、ここへきて改めてEUROが欧州人にとってどれだけ大切なのかを再認識しています。私たちが1次リーグで戦うのはイングランド代表のほかはスロベニア代表とデンマーク代表。

デンマークとは親善試合をしたことがあるし、スロベニアとはネイションズリーグで同組でした。私がセルビア代表コーチに就任して以降は対戦経験がないですが、イングランドでプレーするセルビア代表選手もいます。全大陸から集まるワールドカップとは違って普段戦っている相手と戦うわけで、国同士のプライドが滲み出ています。熱量は一層凄まじく、チーム内にもピリピリしたムードが漂っています。

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6月12日は全公開練習日でした。アウクスブルクには多くのセルビア人が住んでいて、約3000人のサポーターが来てくれました。大きな声を張り上げ、練習中なのに発煙筒が焚かれていました。乱入してきたファンが警察官に取り押される一幕も...。ドイツ入りする直前の機内にアレクサンダル・ヴチッチ大統領が来て激励してくれました。国中の盛り上がりを肌で感じます。

私自身はミスター(ドラガン・ストイコビッチ監督)同様に“なるようになるさ”精神です。今大会を迎えるにあたって、できることは全てした自負があるからです。5月末に代表メンバー26人を発表しましたが、守備戦術を一からやり直しました。毎回のトレーニングセッションで守備のセッションを組み込み、1対1、3対3などの個人戦術とグループ戦術の落とし込み作業。そしてDFラインの押し上げやチームとしてどう守るのかなども徹底的に確認しました。

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我々が攻撃的なチームであることは明白ですが、その背景には22年ワールドカップの反省があります。ワールドカップは守備も練習しましたが、最終的には攻撃に比重を掛けすぎてしまいました。その結果、1次リーグ3試合で5得点・8失点。1分2敗で敗退しました。コーチングスタッフ陣も「そこまで守備のことをやるのか?」と驚いていましたが、同じ轍(てつ)を踏むわけにはいきません。その意味でも直前に行なった2つのテストマッチは有意義なものになりました。

オーストリア戦は前半10分過ぎで2失点。それが良い教訓になりました。残り80分間は立て直せましたし、自分たちの課題も出し切れて、実りの多い試合だった。試合後にはすぐに分析して、次の日の練習でフィードバック。中3日で行なわれたスウェーデン戦はしっかりゼロで終えることができたのです。スウェーデン戦の先制点は我々らしくパス18本を繋いだゴールでしたが、2、3点目は守備でリズムを作ったからこそ生まれたもの。全てを無失点で凌ぐのは難しいですが、短期決戦は先に失点してしまうと相手ペースになりがちになるので、失点リスクのパーセンテージを少しでも減らすのは重要になります。

6月16日の初戦はイングランド代表戦。ブックメーカーの優勝確率予想は「25パーセント」で、多くの方がご存じのように今大会V候補の一角です。一方の我々は0.9パーセント(笑)。でもFWハリー・ケインやMFジュード・ベリンガム、MFフィル・フォーデンらの分析は非常にやりがいがありましたし、チームは逆に“やってやろうぜ”と奮い立っています。

日本人初の挑戦となるEURO本大会。まずは1つひとつの戦いに真剣に取り組んでいる姿勢を見せたいと思います。そしてワールドカップで手にできなかったセルビア代表としてのEURO初勝利を手にしたい。そうなればセルビア代表の新しい歴史を刻めるし、私自身の歴史にもなります。この舞台に立つ幸せと重責を噛み締めて臨むので、1人でも多くの日本人ファンの方が応援をしてくださることを願っています。

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PROFILE
喜熨斗勝史
きのし・かつひと/1964年10月6日生まれ、東京都出身。日本体育大卒業後に教員を経て、東京大学大学院に入学した勤勉家。プロキャリアはないが関東社会人リーグでプレーした経験がある。東京都高体連の地区選抜のコーチや監督を歴任したのち、1995年にベルマーレ平塚でプロの指導者キャリアをスタート。その後は様々なクラブでコーチやフィジカルコーチを歴任し、2004年からは三浦知良とパーソナルトレーナー契約を結んだ。08年に名古屋のフィジカルコーチに就任。ストイコビッチ監督の右腕として10年にはクラブ初のリーグ優勝に貢献した。その後は“ピクシー”が広州富力(中国)の指揮官に就任した15年夏には、ヘッドコーチとして入閣するなど、計11年半ほどストイコビッチ監督を支え続けている。
指導歴
95年6月~96年:平塚ユースフィジカルコーチ
97年~99年:平塚フィジカルコーチ
99年~02年:C大阪フィジカルコーチ
02年:浦和フィジカルコーチ
03年:大宮フィジカルコーチ
04年:尚美学園大ヘッドコーチ/東京YMCA社会体育保育専門学校監督/三浦知良パーソナルコーチ
05年:横浜FCコーチ
06年~08年:横浜FCフィジカルコーチ(チーフフィジカルディレクター)
08年~14年:名古屋フィジカルコーチ
14年~15年8月:名古屋コーチ
15年8月~:広州富力トップチームコーチ兼ユースアカデミーテクニカルディレクター
19年11月~12月:広州富力トップチーム監督代行
21年3月~: セルビア代表アシスタントコーチ

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