【6月15日付編集日記】桃源郷

 必ず峠を越えなければならない、峠を境にかつ然と開けて新しく始まる風景がなくてはならない、がっちりした大きな家々が数軒はたむろしていなければならない―。加えて、ちらついたばかりの雪が畝のふちを薄く彩っていることも欠かせない

 ▼なんの条件かというと「秘境」。ドイツ文学者で、多彩な紀行を残した池内紀さんが、ある登山家による秘境の定義を挙げ、まさしく当てはまるのが檜枝岐村と書いている(「ニッポン周遊記」青土社)

 ▼福島市で先月、檜枝岐歌舞伎の公演があった。演者、華やかな衣装や舞台づくりなどを座員が全て担う伝統芸能は、村全体でつくり上げ代々、親から子、孫へと受け継がれてきた。舞台から伝わってくる息づかいからは、絶やさず未来へ伝えていこうとする気概を感じた

 ▼この秘境が玄関口になっている尾瀬は、さしずめ桃源郷だろう。希少な高山植物や景観、澄んだ空気。訪れる人をとりこにするには十分すぎる魅力をもってしても、入山者数の低迷を食い止め切れていない

 ▼このままだと木道・登山道の維持や環境に深刻な影響が出かねない。ごみを拾ったり、トイレチップに協力したり。足を踏み入れることで守っていくものがある。

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