5月下旬、ロンドン中心部・ハックニー区。
多くのビジネスマンが行き交うオールドストリート駅からほど近い場所に、子どもの貧困に関する調査研究や啓発に取り組む民間団体「チャイルド・ポバティ・アクション・グループ」はある。
「かつて貧困を減らせた時代があった」
6階建ての雑居ビルの地下で、政策提言や啓発の担当者リジー・フリューさん(39)が、まるで遠い昔の出来事を振り返るかのように話し始めた。
◇ ◇
子どもの貧困を2020年までに撲滅する-。
1999年。労働党のトニー・ブレア首相(当時)が発表した「ブレア宣言」だ。この誓いによって英国の子どもの貧困対策は大きく動き出した。
貧困状態にある児童の数に応じて学校に給付され指導員の増員などに使える児童特別補助やひとり親への就労支援、子ども手当の増額…。2007年に同党のゴードン・ブラウン首相(当時)が就任した後も対策は継続され、10年には超党派による「子どもの貧困法」が制定された。
英国の子どもの貧困率は、世帯所得の中央値の6割に満たない家庭で暮らす子どもの割合を指す。
同法は子どもの貧困率を10%未満に減らすなどの四つの数値目標や、対策の進行状況を毎年国会に報告し、目標達成のための戦略を3年ごとに策定することなどを定めた。その結果、1998年度に34%あった子どもの貧困率は2012年度には27%に改善された。
しかし、同法施行間もない10年の総選挙で政権が労働党から保守党・自由民主党連立内閣に代わると、強力に進められてきた対策に陰りが見えるようになった。15年に保守党単独政権になると、その傾向はより顕著になった。
「子どもの貧困法」は「ライフチャンス法」へと名前が変わり、目標値は廃止された。財政赤字削減のために1世帯当たりの受給額に制限を設けるなど、社会保障費が削られた。
政権が代わり、政策の優先順位が変わった。
フリューさんは「緊縮財政で社会保障費からおよそ500億ポンドが削られた。その分は現在も戻っていない」と指摘する。
いったん下がった貧困率は上昇に転じた。
◇ ◇
ブレア宣言によれば、子どもの貧困が撲滅されていたはずの2020年。
この年は世界中で新型コロナウイルスがまん延し、英国ではロックダウン(都市封鎖)によって経済活動が停滞した。その後、インフレが長期化して家計を直撃。悪化した貧困率改善の兆しは見えていない。
最新の統計によると、22年度の英国の子どもの貧困率は30%を記録。数にすると前年度に比べ10万人増え、計430万人に上った。
フリューさんが嘆く。
「結果的に、子どもの非貧困法が制定された2010年よりも後退している」