“優勝候補筆頭”のイングランドは58年ぶりのタイトルを獲得できるか。メンバー選考から読み解く指揮官の変化【EURO】

EURO2024が現地時間6月14日に開幕した。欧州トップレベルの代表チームがしのぎを削る本大会で最も優勝に近いとされている国はどうやらイングランドらしい。英大手ブックメイカー『ウィリアムヒル』がつける優勝オッズは、イングランドが一番人気で4.5倍、次いでフランスが5倍、ホスト国のドイツは6.5倍で3番人気とされている。

これまで欧州選手権の優勝経験のない国が、一番人気と持て囃されている理由は様々だが、最も大きいのはスカッドの豪華さだろう。スタッツサイト『トランスファーマルクト』が算出するイングランドの登録選手の市場価値の合計額は15.2億ユーロ(約2580億円)で、これは参加する国の中でトップだ。

2位のフランスですら12.3億ユーロ(約2000億円)のため、約500億円も差をつけている。ちなみに平均は4.7億ユーロ(約800億円)であることを考えると、イングランドは圧倒的に強いスカッドを揃えている。

しかし、イングランドの優勝を信じられないサッカーファンも一定いるようだ。理由としては前述の通り欧州選手権での優勝経験がないこと。これまでの国際大会で、あっさり早期敗退することも少なくなかったからだ。筆者としても「なんとなく、どこかでこけそう」という無根拠な不安感を拭いきれない。

果たして今大会もそんな期待外れのイングランドで終わるのか。あるいは、一味違うスリーライオンズを見せてくれるのか。

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これまでのイングランド代表は長らく国際大会で結果を残せずにいた。1966年ワールドカップ以降、58年間も優勝は一度もない。それどころか2000年代まではグループステージ敗退も多かった。しかし2012年の南アフリカW杯以降はそれがなくなり、EURO2020では準優勝を経験するなど、栄冠まであと一歩のところまで到達している。

優勝を実現する上での問題は様々あるが、一つは過密日程だ。イングランドは国内カップ戦が2つある上に、FAカップで引き分けた場合には再試合が行われるルールがあり、過密日程になりがちだ(来季からFAカップの再試合は廃止)。

しかも国内リーグ戦の競争力も高いため、主力の選手たちを休ませにくいという問題もある。優勝争いは言わずもがな、チャンピオンズリーグ(CL)出場権争いも熾烈だ。その結果、国際大会が行われる夏の時期には選手たちの疲労の色が濃い傾向が強かった。

過密日程の問題は、一部を除いて、全世界的に問題は加速する一方だ。しかし、このコンディション問題に関して、ガレス・サウスゲイト監督はメンバー選考で新たなチャレンジをすることで、解決を図っている。

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サウスゲイトのチャレンジの話をする前に、前提として知っておいて欲しいのは、現在52歳の指揮官は基本的にメンバーを固定する傾向が強かった点だ。

固定してきた理由は、米メディア『ジ・アスレチック』によると、「メンタリティ、一体感、チームスピリットを育むため」らしい。これについては2018年のロシア・ワールドカップ、国際大会では初となるPK戦での勝利を手にするなど、一定、心理面での成果を出しているので意図は理解できる。

同時にイングランドは強豪クラブが複数あるため、かつてスペイン代表がバルセロナの選手たちを中心にチームを作ったようなチームビルディングはしにくい。現在のイングランド代表で最も所属選手が多いチームはクリスタル・パレスで4人だ。26人が14チームに偏在している。これではクラブチームをベースにチームづくりをすることも難しい。

イギリスは言語こそ英語で統一されているものの、特にロンドンは様々なバックグラウンドを持つ人種のるつぼと化している。代表チームとしての一体感を作ることは、決して簡単ではない。

このような背景があるため、賛否両論はあるものの、指揮官は一貫した面白味の少ない選手選考を一貫して行ってきた。しかし今回の選手選考はこれまでとは全く違う基準で選考を行った。

『ジ・アスレチック』の記事では「ジョーダン・ヘンダーソン、マーカス・ラッシュフォード、ジャック・グリーリッシュ、ハリー・マグワイアを欠くことは、激変を意味する」と書かれていたが、まさにその通りだ。

現段階でそこの基準は明らかになっていないものの、直近のボスニア・ヘルツェゴビナ戦、アイスランド戦の内容を見る限り、コンディションの良い選手たちを選んでいる印象だ。特に3-0で勝利を収めた前者との一戦のスタメンは、コンディションが良い選手たちをスタメンに揃えており、この11人は全員、26人のスカッドに選ばれている。

またハリー・マグワイアが負傷でメンバーから外れたのは、結果的に、イングランドの戦い方の方向性を大きく変えることになる。これまではどうしてもマンチェスター・ユナイテッド所属のパワフルだが不器用なDFリーダーがいたことで、ポゼッションで押し込むサッカーに移行しにくかった。

しかし、彼がいないことで、守備面で経験豊富なDFがいなくなった不安は残るものの、メンバーのチョイスはより現代的になっている。

GKはそこまで足もとが得意ではないジョダーン・ピックフォードのため、極端にハイプレスのチームに対してはある程度ロングボールを放り込むだろうが、これまで以上に最終ラインから繋ぐサッカーが可能になった。そして今のメンバーならパスを回しながら試合を支配して、押し込んだ上で点をとるスカッドの力もある。
ボールを持つなら持つで、単調なサッカーになるリスクもあるが、それを打開するために英紙『ガーディアン』によると、現地16日に開催される初戦のセルビア戦ではトレント・アレクサンダー=アーノルドを中盤で起用する予定だという。

実際、ボスニア・ヘルツェゴビナ戦で見せたゲームメイク能力は圧巻で、いくらサウスゲイトに戦術がないと言っても、これだけのパス能力を持つ選手を中盤に入れれば個の力で解決できるのではないか。

彼だけでは守備面での不安も残るが、2ボランチの相方がデクラン・ライスならある程度カバー可能だ。また最終ラインにはクリスタル・パレスのDFマーク・グエイやアストン・ビラのDFエズリ・コンサらスピードがあり、カバー範囲に自信のある選手が名を連ねる。

マンチェスター・シティのDFジョン・ストーンズはスピードが突出して速いわけではないが、シティでCL優勝に貢献するなど国際経験が豊かな選手だ。足もとだけの選手ではなく、万全なら対人守備も一定のクオリティを出せるようになった。

いずれにしても、これまで中盤にひたすら強度を求めてきたサウスゲイトが、リバプールの技巧派を中盤に起用しようとしていること自体が、彼の決断に変化が生まれたことの何よりもの証拠だ。そしてこの変化は、戦い方の幅を増やすポジティブなものに見える。

本大会では引きこもってのカウンターではなく、試合をコントロールして勝つ方向性を模索するはずだ。

ただしこれらの新しい試みは、グループステージで機能しなければ、あっさり捨てる可能性もある。良くも悪くもサウスゲイトはボールを保持すること自体に強くこだわるタイプではない。

いずれにしてもこれまでのようなカウンター一辺倒のサッカーでは限界があることを察しているだろうし、そこの反省を加味した上で戦うはずだ。

53歳の指揮官が脳内で描いた絵図が、グループステージできちんとピッチ上に描かれたのであれば、決勝トーナメント以降も、未だかつてない最強イングランドを目撃できるかもしれない。

文●内藤秀明

© 日本スポーツ企画出版社