「気持ちええなぁ」。温泉旅は無理とあきらめていた家族も満足顔。名湯ぞろい鹿児島でバリアフリーツアー人気がじわりと広がる

砂むしを満喫し、介護士らの介助で起き上がる田中信光さん=指宿市の砂むし会館砂楽

 車いすや足腰が不安な人が旅を楽しむバリアフリーツアーが広がりを見せている。鹿児島県内では複数の事業者が「温泉どころ」の強みを生かした取り組みを展開。新型コロナウイルス禍で一時は落ち込んだが、回復してきた。本人はもちろん、家族にとってもかけがえのない思い出づくりをサポートする。

 「気持ちええなあ」

 夏空が広がった5月下旬、指宿市の砂むし会館砂楽で、三重県の田中信光さん(81)は念願の砂むし風呂を楽しんでいた。

 田中さんは進行性の病気で長時間の歩行が難しく、旅行は車いすを利用。砂むし場までの移動や入浴介助は砂楽の従業員に加え、指宿の福祉施設で働く介護士が担った。

 並んで寝そべる妻房子さん(76)もほっとした様子。見守った娘の吉原あゆ美さん(50)は「最初は無理と思ったけれど、連れてきて良かった」と喜んだ。
 
 2泊3日の旅を組み立てたのは、かごしまバリアフリーツアーセンター(鹿児島市)の紙屋久美子代表(55)。田中さんの体調や普段使う装具を聞き取り、車いすで利用できる休憩場所やトイレ、飲食店を提案。疲れがたまらないルートを心がけ、砂楽で介助する介護士も手配した。

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 同センターは車いすを使った旅行を応援しようと2012年設立。プラン立案や機材のレンタルに加え、温泉入浴の介助スタッフを有料で派遣する。

 新型コロナ感染拡大で落ち込んだが、昨年の5類移行を境に、車いすレンタルは22年度の12件から23年度は38件と3倍超に増えた。紙屋さんは「旅行の機運が少しずつ動き始めた」とみる。

 問い合わせが多いのが、温泉入浴介助だ。コロナ下でも県内から継続的に申し込みがあった。入浴の介助料金はヘルパー2人の日当に保険代、事務手数料込みで1万6500円。砂楽のほか、この春からは鹿児島市の城山ホテル鹿児島でも利用できるようになった。

 課題は人材確保と受け入れ施設の拡大。紙屋さんは「高齢化が進む中、バリアフリーの旅のニーズは増える。温泉が多い鹿児島の新しい産業になり得る」と期待を込める。

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 必要な場所で介助を利用する旅とは別に、1日単位のプランもある。15年に開業した鹿児島市のUDラボは、民間資格のトラベルヘルパー1級を持つ堤玲子さん(60)らが旅や日帰りの外出に同行する。料金は1時間3500円から。

 こちらも温泉の人気は高い。堤さんは旅行者の持病や体調を確認した上で、施設と打ち合わせする。車いすで入室可能か、手すりがあるかなど設備を確かめ、必要に応じてスタッフを追加する。

 今年の大型連休後、依頼が増えているという。堤さんは「旅や外出は元気のもと。『自分も行ける』と思うと前向きになれる」と話す。

 動画投稿サイト「ユーチューブ」やインスタグラムでは、堤さんらが車いすで訪問できる県内各地の観光地やレストランなどを紹介している。

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