やはり大物! 福田師王は中3でヴィッセル神戸から接触を受けていた。高3でのオファー数は…

神村学園を選んだ理由は「人工芝でプレーしたかったから」。

ドイツ・ブンデスリーガ1部ボルシア・メンヒェングラートバッハに所属しているFW福田師王(Shio FUKUDA)が6月20日に更新されたDAZNのコンテンツ『内田篤人のFOOTBALL TIME』に登場。これまでのキャリアとともに、ドイツに渡ってのプロ1シーズン目を振り返り、今後への決意を語った。

このなかで福田は「人工芝でプレーしたかった」という神村学園中学に進学した際、当初はセンターバックやサイドバックでプレーしていたという。そして3年時、本格的にフォワードへ変更。すぐさま頭角をあらわしていったそうだ。

すると中学3年時、早くもJリーグクラブのスカウントから接触があった。それがヴィッセル神戸であったと明かした。

内田氏は「はえー、すげー! それは争奪戦になるね」と驚き。実際、神村学園高時代には、Jリーグの10チームからオファーが届いたそうだ。

それでもボルシアMGの下部組織に進んだ理由とは。福田は「(ボルシアMGから)話が来たのは高校3年生の夏でした。(ギリギリだね?)Jリーグで出られないと感じていて。海外だとセカンドチームから育成してくれると聞いて選びました」と、高校からヨーロッパへのダイレクトでの挑戦を選んだ理由を語った。

福田はまずボルシアMGのU-19でキャリアをスタート。セカンドチームを経て、トップチーム昇格を果たした。4月で20歳になった1年目の成績は、U-19で8試合・7得点、U-23で21試合・7得点、そしてブンデスリーガ5試合・0得点だった。

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内田はドイツなど欧州主要リーグでは、下部組織の中でもU-19(ユースチーム)により有望な選手がいて、そこからトップチームに引き上げられて突き抜けていくケースが多いと説明。U-23(セカンドチーム)はトップの受け皿的なチームで、「シャルケにいた時、U-19とU-23では結構違った。U-23(23歳以下)はもう若手ではない。逆になかなか上がれない。U-19(19歳以下)でいい選手がいればバンバン、トップチームに上げてくる感じでした」と振り返っていた。

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