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4回途中、11安打10失点――。
6月22日金曜日(現地)、地元リグリー・フィールドでのメッツ戦で、文字通りボコボコにされたカブスの今永昇太は、防御率が試合前の1.89が2.96にまで上昇した翌朝、いつもと何も変わらない表情でクラブハウスに姿を表した。黒い帽子を前後ろにかぶり、黒いズボンの上に、大きめのサイズの白いTシャツを着ている。
【動画】開幕5登板で防御率0.78!今永はシーズン序盤の快投を取り戻せるか
「僕、◯◯派なんで」と、彼は爽やかに笑った。
「◯◯」にはとある日本の服飾メーカーの社名が入るのだが、実名を出していいのかどうかは私には判断できないので、とりあえず伏せておく。普段着についての雑談の後、前夜の会見で気になったことを尋ねてみた。それは「データ全盛のメジャーリーグにおいて、彼が一番、注目している数字とは何か?」という問いに対する答えが、以下のようなものだったからだ。
「データの中では、ハードヒットを打たれないことが一番だと思うので、ハードヒットされない確率が一番高いのはどのコースなのか、どの球種なのか、っていうのを見極めること。(必要なのは)そこに投げるコントロールじゃなく、コマンド力だと思いますね」
気になったのは最後の部分。「コントロールではなく、コマンド力」である。
「僕の勝手な解釈なんですけど」と彼は前置きし、こう説明した。
「(JD・)マルティネス選手の(先制3ラン)ホームランは『そこに投げたら打たれるよ』っていう高さ。真っすぐを投げたこと自体は間違ってないけれど、彼の強いところに行ってしまった。他のバッターに投げて打たれたスプリットにしても、低めのストライクゾーンを(外、中、内の3分割で)7、8、9としたら、狙ったところより、1つ外れていた。トミー(・ホットビー投手コーチ)なんかはそれを一貫性――Consistency? って言い方をするんですけど、それが昨日の僕には無かったってことです」 脳みそのどこかで、そう古くない記憶が騒ぎ出す。
メジャーデビューから破竹の快進撃を続け、9試合時点で史上最高防御率の0.84を記録した頃、彼はストライクゾーンを9分割や4分割ではなく、2分割と表現している(以前のコラム参照)。それは当時も今も、メジャーリーグにおける彼の持ち味が「高めに伸びる速球=4シーム・ファストボールと、低めへのチェンジアップ(≒スプリット)」であることを考えれば、分かりやすい。
たとえばメッツ戦の2回、先頭の7番フランシスコ・アルバレスのソロ本塁打は、これまでは空振りやファウルでカウントを稼いできた、ストライクゾーンの上を行く速球だった。チェンジアップがやや高めに浮いて打たれた安打も多かったが、上下2分割で快進撃を続けてきた今永にとって、それだけでは通用しなくなったということだろうか。
シカゴの地元メディアは試合後の会見で、エース級の活躍を見せていた今永が11安打10失点と打ち込まれた原因を、試合序盤に90マイル前後で落ち着いていた速球のスピードに求めているようだった。
今永は淡々と、こう答えている。
「前回(6月15日のカーディナルス戦)も、序盤はストレートの球速を落としめに行って、(回を追うごとに)どんどん上げていくっていうプランニングで入ったんですけど、今回も同じようなプランニングで入っていって、今回は自分がエンジンをかける前に打たれてしまった」
もしも、今永がメッツ打線を初対戦(5月1日/7回3安打無失点)と同じように抑えていたなら、球速が話題になることはなかった。なぜなら、彼は6月9日のレッズ戦から、ゲーム序盤に球速を控えめに投げるピッチングをやり始めたからだ。レッズ戦は7回途中5安打2失点で今季6勝目、続く前出のカーディナルス戦でも、7回4安打1失点で7勝目を挙げている。
「わざと(球速を)落としているいうよりは、出力を抑えるっていうのが正確な表現で、その方が僕の真っすぐの質が生きるっていうこと。僕の場合は球速を上げたところで93マイルぐらいなので、それで得られるものよりも失うものの方が多すぎるという認識です」
簡単な解釈は、平均的なメジャーリーグの投手よりも高いホップ成分が、力を入れて投げることでいくらか失われる。メッツ戦では実際、本人が意図していないのにカット気味に変化する速球がいくつか見られた。その一つが前出のマルティネスの先制3ランだった。
「真っすぐをちょっと引っ掻いてカット気味に入って、高めを狙ったボールが低めに行ってしまった。試合前のミーティングでそういうボールは打たれるよと言われていたが、相手のストロングポイントに入ってしまったって感じでした」
今季ワーストの登板の翌朝、彼は正直に「レッズ戦でちょっと味をしめてしまった」と悪びれずに言った。付け加えておくと、彼にとっての誤算の一つに、メジャーリーグ公式球があった。日本の公式球との違いに苦戦する投手は少なくないが、彼の場合はちょっと違ったアングル、いったん克服した後でひと回りしたような感じだ。「出力を抑え気味に投げても、日本のボールだったら、92~93マイルぐらい出るんですけど、それは最後のところで指にかかる感覚があるからだと思う。こっちのボールはやっぱり最後のところで滑るというか、しっかり投げないと、指にかからないような感じがある。そういうのも(レッズ戦とカーディナルス戦の好投で)上手くつかみかけていた部分はあったんですけど、打たれてしまったので、ちょっと立ち返る必要があるかなと思いますね」
初回からガンガン飛ばしていくのか。それとも、直近3試合のようにペース配分を考えて投げていくのか。どちらでも成功体験を持っている今永にとって、ここからが本当の意味でのAdjustment=適応が迫られているのかも知れない。
「相手がアジャストしてきたら、こっちもアジャストする。それでこちらが相手を上回れば抑えられるし、上回れなければ打たれる。ずっと続く、追いかけっこみたいなもんです。でも、僕はそういう体験を望んでいたはずなので、これを苦しみと思わず取り組んでいきたい」
次回登板は、24日から敵地サンフランシスコで始まるジャイアンツとの4連戦最終日(27日)が濃厚だ。まるでおとぎ話のようなシーズン序盤のサクセス・ストーリーを経て、ここから華麗さの欠片もないような、泥臭い勝負が始まるのかも知れない。
現時点で分かっているのは、これからの今永のピッチングが、今まで以上に注目に値するということだ――。
文●ナガオ勝司
【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、
アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、
ロードアイランド州に転居した'
01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、
リトルリーグや女子サッカー、
F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'
08年より全米野球記者協会会員となり、
現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。
私見ツイッター@KATNGO