スコセッシも惚れた気鋭監督が「魔女と呼ばれた伝説の作家」を語る!幻惑の心理サスペンス『Shirley シャーリイ』制作秘話インタビュー

『Shirley シャーリイ』© 2018 LAMF Shirley Inc. All Rights Reserved

“魔女”と呼ばれた作家シャーリイ・ジャクスンの正体

いま最も注目を集める奇才、ジョセフィン・デッカー監督の初長編に惚れ込んだ巨匠マーティン・スコセッシが製作総指揮に名乗りをあげ、2020年のサンダンス映画祭でUSドラマ部門審査員特別賞を受賞した長編第4作『Shirley シャーリイ』が、2024年7月5日(金)より日本で公開される。

『Shirley シャーリイ』が描くのは、あのスティーヴン・キングも影響も受けたと言われる天才作家シャーリイ・ジャクスンと、その夫スタンリーや夫婦を取り巻く人々との数日間。

かつて“魔女”と呼ばれたジャクスンは、いったい何者だったのか? 生誕から100年以上を経ても愛され続ける彼女の魅力を、本作のメガホンを取ったデッカー監督自身が読み解くインタビューが到着した。

1948年、ニューヨーカー誌上に発表した短編「くじ」が一大センセーションを巻き起こした後、新しい長編小説に取り組んでいたシャーリイ(エリザベス・モス)はスランプから抜け出せずにいた。着想のもとになったのは、ベニントン大学に通う18歳の少女が突如として消息を絶った未解決の失踪事件だ。

部屋に引きこもってばかりいるシャーリイの状況を変えようと、大学教授である夫のスタンリー(マイケル・スタールバーグ)は、助手のフレッド(ローガン・ラーマン)と妻のローズ(オデッサ・ヤング)を居候として呼び寄せる。初めは気難しいシャーリイの態度に挫けそうになるローズだったが、交流を続けるうちに二人の間には奇妙な絆が芽生えていき……。

「彼女は過去150年で最も偉大な小説家の一人」

―小説家シャーリイ・ジャクスンのどんな部分を評価していますか?

シャーリイ・ジャクスンは過去150年で最も偉大な小説家の一人だと思います。文の構造がとてもシンプルなのが好きな理由のひとつ。シンプルなスタイルだから、具体的な出来事から急に不安定な夢や想像のような出来事に展開する時でも、読者を登場人物と共に物語の中につなぎ止めてくれる。展開に気づかないほど自然に進行するところも好きです。

シャーリイは物の見え方が全く違う場所へ読者を連れていく術に長けています。私も映画を通じて同じことを試みようとしてきました。だからシャーリイの小説を発見し、彼女の手法に気づいたことはすばらしい体験でした。

―実際のシャーリイと夫スタンリーの関係を、どう見ていますか?

現実のシャーリイとスタンリーは時代の先を行っていて、とても複雑だけれどすばらしい関係を築いていました。スタンリーは評論家、シャーリイは小説家。ジャンルは違っても二人は同じ物書きで、スタンリーは教授でもあった。シャーリイは母親と気が合わず、精神的虐待を受けているような状態でした。おそらくシャーリイはスタンリーとの関係を母親との関係のようにとらえていた、とシャーリイの伝記作家は見ています。

スタンリーはシャーリイのさまざまな弱点を突いて苦しめることができ、そうすることで二人の関係性からパワーを引き出せた。それと同時に、二人は信じられないほど知的なパートナーシップを築いていた。スタンリーはシャーリイの作品の最初の読者であり、シャーリイは夫の意見を信頼していて小説に反映させていました。また、二人は気の合う者同士で知的な相棒でもありました。フォークロアの音楽にハマったり、学生時代には活動家として行動を共にしたり、反人種差別の文芸誌を発行したり……。

シャーリイが亡くなった時、二人の自宅には約2万冊の蔵書がありました。彼らはソウルメイトでありながら強烈な夫婦関係でもあり、精神的な駆け引き、相互依存、確執にも満ちた関係でした。私たちの映画ではサラがこの関係を巧みに扱い、夫婦の面白いやり取りを織り交ぜました。この夫婦のシーンは特に面白いシーンになったと思います。二人の関係は奇妙でとげとげしく、同時に強い愛でも結ばれていました。

「シャーリイはローズから学べることがあると気づき、そして事態は複雑になっていく」

―この映画には、登場人物が次に何をしゃべるか分からないという感覚がありますね。

確かにそうですね(笑)。そこが気に入っている点です。サラ(・ガビンズ)が書いた脚本がすばらしい。キャラクターたちが聡明で非常に賢いんです。

―若い夫婦、ローズとフレッドが窮屈な家で暮らし始める時、火花が飛び始めます。何が起きているのか説明してもらえますか?

この映画は、ローズが夫のフレッドと共に、シャーリイとスタンリーの家に着くところから始まります。最初は数日間だけ滞在する予定でしたが、結果的にほぼ1年暮らすことになります。ローズは新婚で妊娠中であり、夢のような人生になるはずだったのに、現実が理想と違うことに気づいていきます。フレッドとの関係も理想と違う。世話することになったシャーリイも、ローズに対してとても冷たい。ローズには、シャーリイと親しくなって社会での自分の地位を上げようという考えもない(笑)。

シャーリイとローズは、だんだんお互いに多くのことを学んでいきます。ここが女性の友情を描いたこの作品の面白いところです。お互いがお互いを操ろうとして、その試みは成功したりしなかったりしますが、その過程で多くのことを学んで成長し、次第に二人の間に信頼が芽生えます。

シャーリイは何度もローズに冷たく接しますが、ローズはうまく対処します。オデッサ・ヤングをキャスティングしてよかったのは、オデッサが演じるローズはトゲのあるバラ(ローズ)だということです。シャーリイの攻撃をかわし、撃退するのです。ローズに抵抗されたシャーリイは「あら、この子は私に動じなかった。ローズはじっと耐えている」と驚きます。そしてついにはローズから学べることがいろいろあると気づき、執筆中の小説はローズにインスパイアされていく。そして事態は別の形で複雑になっていきます。

「あと3年もらえたら、まだ作り続けていたでしょう(笑)」

―あなたがこのプロジェクトに加わった時、すでにエリザベス・モスがシャーリイを演じることになっていましたか?

いいえ。私が参加して、その直後に彼女に連絡しました。彼女が脚本を気に入り、シャーリイのキャラクターに魔力とポテンシャルを見いだしたと聞いて、天にも昇る気持ちでした。エリザベスがシャーリイの役を引き受けたと聞いたのは最高の瞬間でした。

―エリザベス・モスとマイケル・スタールバーグに、実際のシャーリイとスタンリーを研究してほしかった? それとも、サラの脚本で描かれたフィクションの世界だけに集中してほしかったですか?

脚本に書かれた物語を作り上げることが私たちの仕事でしたが、みんなシャーリイとスタンリーに魅了されていました。私は彼女の著作をほとんど全部読みました。みんな脚本の基になった小説を読み、ルース・フランクリンが書いたすばらしい伝記(「Shirley Jackson: A Rather Haunted Life(原題)」)を読みました。

それと、アメリカ議会図書館にシャーリイとスタンリーの往復書簡が保存されているのをサラが見つけてきました。魅力的な文章で、二人がいかに辛口でウィットに富んでいるのか垣間見ることができました。二人とも実に面白い人です。私たちは二人がどんな人間なのか理解するためリサーチを重ねました。リジー(エリザベス・モス)とマイケルも、とても興味を持っていたと思います。

でも、ある地点に達したところでリサーチを打ち切り、今度はフィクションのシャーリイとスタンリーを作って物語にしていく作業に入りました。調べたすべてを反映させたわけではありません。参考にはしましたが、二人のキャラクターを私たちのものにする必要があったのです。

―エリザベス・モスとマイケル・スタールバーグとの共同作業はいかがでしたか?

とても満足したし、二人から多くのことを学べて楽しかったです。どの部門のスタッフに対しても満足でした。キャストもスタッフも非常に優秀でした。美術を手がけたスー・チャンはポール・トーマス・アンダーソン作品を何本か担当したすばらしい女性で、セットは完璧でした。

アメラ・バクシッチの衣装もすばらしかった。衣装の中にも物語があって、シャーリイとスタンリーのその時々の状況や距離を感じ取れるんです。撮影を手がけたシュトゥルラ・ブラント・グロヴレンは起きていることに非常に敏感に反応していました。彼のカメラワークのおかげで、観客はキャラクターと一緒に部屋にいる感覚を味わえると思います。今回の作品は仲間に恵まれました。

―これまで監督した作品は、どれも完全には満足できなかったと語っていましたね。『Shirley シャーリイ』はいかがですか?

この作品は観客の反応もいいようで、とてもうれしく思っています。ただ、あと3年もらえたらまだ作り続けていたでしょう(笑)。アーティストは自分の作品を改善したいと思い続けるものですから。でも、すごくいい仕事ができたと感じています。編集はデヴィッド・バーカーが担当してくれました。脚本がすばらしく、キャラクターがよく描かれています。

編集作業ではシャーリイの執筆の過程を感じさせる流れにするのが重要だと気づきました。シャーリイの執筆過程を描くことはローズとの関係や、作ろうとしている本との関係を理解する上でとても重要です。本を完成させたいという目標がシャーリイの心に火をつけることになるので、執筆の過程を描くのが重要だったんです。そこでデヴィッド・バーカーはナレーションを入れようと思いつきました。シャーリイの鼓動を感じることができて見事なシーンになったと思います。

サラがナレーション部分を書いてくれてリジーが的確な演技をしてくれたおかげで、今まさに起きていることを発見し体感できると思います。私たちはこの映画を最高のものにするため、数多くの仕事をしました。観た人たちが気に入ってくれるとうれしいです。もちろん不安もありますが好評を得られることを願っています。

シャーリイ・ジャクスン(Shirley Hardie Jackson, 1916年 – 1965年)

カリフォルニア州サンフランシスコ生まれ。1933年、ニューヨーク州ロチェスターへ移住。ロチェスター大学に入学するが中途退学。1937年、親元を離れてシラキュース大学に編入学し、後に夫となるスタンリー・エドガー・ハイマンと出会う。在学中、ハイマンらと同大学の文芸誌の刊行に携わり、創作意欲を高めていった。1940年、卒業と同時にニューヨークに移り、ハイマンと結婚。1942年には第一子が誕生し、のちに三人の子をもうける。ハイマンがベニントン大学の教授陣に加わった1945年より一家はバーモント州ノースベニントンに定住した。

1948年、ジャクスンは1920年代にカリフォルニア州バーリンゲームで育った子供時代を半自伝的に描いたデビュー長編『壁の向こうへ続く道』を出版。ジャクスンの最も有名な短編である「くじ」は、同年6月に『ニューヨーカー』誌に発表されて一大センセーションを巻き起こし、彼女の名声を確立した。1951年に発表された長編第2作『絞首人(処刑人)』には、1946年に実際に起こったベニントン大学に通う18歳の少女ポーラ・ジーン・ウェルデンの失踪事件の影響が見られる。現在も未解決のこの事件は、ジャクスンと家族が住んでいたベニントン近郊のグラステンベリー山の森の荒野で起こっている。

1950年代を通じて文芸誌や雑誌に数多くの短編小説を発表し続け、その一部は1953年の回顧録『野蛮人たちとの生活』にまとめられている。1959年、ゴーストストーリーの古典ともされる超自然的なホラー小説『丘の上の屋敷』を出版。スティーブン・キングが激賞したことでも知られ、『シャイニング』に影響を与えたと言われる。1962年、最後の長編小説となる『ずっとお城で暮らしてる』を出版。ジャクスンを代表する最高傑作と評されるゴシックミステリーとなった。

1960年代になると、健康状態を損ねたジャクスンは闘病生活を送るようになり、48歳の若さで心不全により死去。25年という比較的短い執筆期間で、6つの長編、100を超える短編、家族の日常を描いた2冊のエッセイ、4作の児童書を刊行した。また、多くの長編は映画化もされ、ロバート・ワイズ監督による『たたり』(1963年)はホラー映画の古典的名作としても知られる。

2008年、彼女の功績を称え、心理サスペンス、ホラー、ダークファンタジーのジャンルにおいて最も優れた小説に贈られる賞としてシャーリイ・ジャクスン賞が創設された。日本では小川洋子、鈴木光司が受賞している。

『Shirley シャーリイ』は2024年7月5日(金)よりTOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー

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