長崎大水害も「線状降水帯?」 かつての豪雨から振り返る…見えた共通点 

県南部に線状降水帯が発生し、大雨の影響で増水した長与川=昨年9月14日、西彼長与町

 九州北部地方の梅雨入りから1週間が経過し、長崎県内は雨や曇りの日が続いている。今年の同地方の梅雨入り(速報値)は平年と比べて13日遅く、他の地方も平年と比べて遅い。かつて大きな被害をもたらした豪雨を振り返ると、近年、注目されている「線状降水帯」との共通点がみられた。
 長崎地方気象台によると、死者・行方不明者299人の長崎大水害が起きた1982年も、梅雨入りは6月13日と遅かった。同年6月の降水量は平年と比べて少なく、少雨傾向は7月上旬まで継続した。
 しかし同月10日ごろから状況は一変し、23日午後から長崎市付近で局地的に1時間100ミリを超す猛烈な雨が3時間以上降り続けた。西彼長与町役場で観測した同日午後7時からの1時間雨量187ミリは、現在も1時間雨量の国内最高となっている。
 県の「7.23長崎大水害誌」などによると、長崎大水害をもたらした豪雨は、57年の諫早大水害と極めてよく似た典型的な「湿舌現象」だった。湿舌とは、熱帯地方の水蒸気をたっぷりと含んだ気団が南から舌のように日本本土に侵入する現象。当時、長崎地方の上空に停滞した梅雨前線に湿舌が加わったことで、歴史的な豪雨がもたらされたという。
 一方、災害発生への危機感を高めるキーワードとしても使われる「線状降水帯」。発達した雨雲が数時間にわたり、ほぼ同じ場所に停滞することで作り出される雨域(長さ50~300キロ程度、幅20~50キロ程度)を指す。東京大大学院情報学環総合防災情報研究センターの松尾一郎客員教授によると、42年前の長崎大水害当時、大雨の要因として湿舌を使っていたが「あの大雨をもたらした要因の中に、今でいう線状降水帯発生があっても何らおかしくない雨であったはずだ」とみている。
 今年も鹿児島県で土砂崩れや道路の冠水などが相次いだように、線状降水帯発生時の災害は既に起きている。長崎新聞の双方向型情報窓口「ナガサキポスト」では、線状降水帯の予測情報が出た場合の対応や日ごろの防災情報の入手方法などを聞くアンケートを実施中。長崎、諫早両大水害の「記憶」も募集している。期間は7月1日まで。

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