大ヒット『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆さん、原点は故郷・高知の小学校「働き方改革で読書を」

4月に発売され1週間で10万部を突破した新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。高知の書店でも入荷が追いつかず手に入りにくい状態が続いた話題の本だ。著者で文芸評論家の三宅香帆さん(30)は高知市出身。著書を通じて伝えたい思いや故郷の思い出などを聞いた。

“読書の大河ドラマ”が異例のヒットに

ーーこの本を書こうと思ったきっかけは?

三宅香帆さん:
『花束みたいな恋をした』という映画を見た時に、(菅田将暉さん演じる)主人公が働き出してから本が読めなくなるシーンがあって、「こういうことって自分もあったな」と思い出して。自分と同世代からも「ああいうこと、すごくある」という共感の声を聞いて、「これってみんな思っているような感覚なのかな」と思ったことがきっかけです。

子供の頃から「読書の虫」だったという三宅さん。高知学芸高校から京都大学文学部に進み、大学院を卒業後は東京で就職。WEBマーケティングに従事した。「好きな本をたくさん買うために、就職したようなもの」だったが、いつの間にかスマホでSNSやYouTubeばかりを眺めて、本を読まなくなっていた自分に気づいたという。

ーー『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』と直球で問いかけるタイトルの答えが気になって読み始めると、いきなり序章で「時計の針を明治時代に戻そう」という文章があり、そこから日本の労働史と読書史を振り返るという、ちょっと意外な構成になっています。

三宅香帆さん:
実は大河ドラマとか歴史の物語がすごく好きで、“読書の大河ドラマ”を自分でも書けないかなと思って書いたところがあります。

(過去の)ベストセラーの本の内容を知っていても、どういう風に読まれてきたのかとか、なぜベストセラーになったのかって意外と知られていないので、そういうところを紐解いていったら、みんな面白い本が読めるんじゃないかなと。

読書の魅力は“ノイズ”にあり

夏目漱石の『三四郎』や司馬遼太郎の作品、『サラダ記念日』や『電車男』など様々な分野の本がなぜその時代に受け入れられたのか?“欽ドン”やドリフなどのテレビ番組、さらには社会学などの知見も参照しながら考察が進んでいく。

ーー親しみやすくてリズム感のある文章で、とても面白く読み進めていけるのですが、肝心の“なぜ本が読めなくなるのか”という問いへの答えには、なかなかたどり着きません。

三宅香帆さん:
インターネットで、例えば「なぜ働いていると本が読めなくなるのか?」と検索したら「こういう理由ですよ」と、パッと答えを出してくれると思うんです。

でも、読書でその答えを得ようとすると、「自分にとっては必要なかったかも」と思うような、その答えにまつわる、ノイズになるような文脈がついてくるのが、私は読書の魅力だと思っています。

それを知りたいとは思っていなかったけど、知ってみると意外と面白かったなと思うこと(に出会える)。そういう面白さを伝えられたらと、あえて答えにそのまま行かずに、ノイズになるような情報をいろいろ入れながら書いた面もあります。読書自体の楽しさを思い出してもらえたらなと。

“働き方改革”でホントに休めてる?

読書の魅力である偶発的な“ノイズ”は、しかし見方を変えれば「自分にとって不必要な情報」でもある。だから効率や自己責任が重視される現在の労働環境の中では、読書が遠ざけられてしまうのではないか?そう指摘する三宅さんは、それでも「働きながら本が読める社会」を目指すべきだという。鍵を握るのが、本書の大きなテーマである“働き方改革”だ。

三宅香帆さん:
私は1994年生まれなんですけど、自分たちの上の世代は、働き方改革をするのに精いっぱいだった世代だと思っています。「残業はやめましょう」とか「できるだけ休みを取るようにしましょう」と言われてきたと思うんですけど、“帰って何をするのか”とか“休みを取っても、ちゃんと精神的に休めているのか”というと、まだまだ問題は残っている。

なので、自分たちの世代が、ちゃんと働き方改革をした上でしっかり精神的にも休めるような社会を作れたらな、と。

(今回の著書には)“働きながら本が読める社会”を働き方改革の次のステップとして提唱している面があります。

ーー現在の働き方改革には違和感がある?

違和感というか、何か足りない部分があるんじゃないかと。

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』というタイトルに対して「働きながらゆっくり趣味の本を読もうなんて、ぜいたくでは?」という声が結構あったりするんですよ。

本も読めずに働いている人が多い社会は、勉強もできない社会だと思いますし、それは働くことに関してもあまり良い効果をもたらさない。もっと働き方がいろいろ議論されて見直されていくと、良い効果があると思っているんです。

ノイズを入れるためにテクノロジー活用を

ーーテレビの世界でも、本筋とは直接関係がないように見えるノイズが、番組やVTRの面白さにつながることがあります。ただ、ノイズを盛り込んで上手にまとめるためには、取材や編集に時間がかかり、働き方改革の中で難しくなっている側面もあります。

三宅香帆さん:
自分も仕事をしている中で、“ノイズを入れるために時間をかけるべきところ”と“本当は時間をかけなくてもいいけど、慣習的に時間をかけてしまっているところ”があると思っています。

時間を決めて「じゃあ、そのノイズを取り入れるにはどうしたらいいのか?」ということをやっていくと、時間をかけるところとかけないところが自分の中でメリハリがつくんじゃないかなと。

これだけテクノロジーが発達して、昔よりも簡略化できるところはできるはずです。

礼儀みたいなものを重んじる、あまり簡略化できないところはあるので、バランスはすごく難しいと思いつつ、自分も試行錯誤しているところです。

ーーノイズを取り入れるための時間は大事にしたほうがいい?

そう思います。たくさん働ける人しか働けない社会だと、労働人口が減っていくままになってしまう。人口も減っている中で、仕事を楽しく、かつ、クオリティーをどんどん上げていくにはどうしたらいいかというと、やっぱり時間をかけるところとかけないところを取捨選択していくしかないと思いますね。

本好きのきっかけは高知の小学校時代

三宅さんは2022年、3年半勤めた会社を辞め、独立。現在は京都在住で文芸評論家として活動している。京都は冬が寒いので高知には「避寒しに帰ってるっていう感じ」と話すが、実は本を好きになったきっかけは母校である高知市の朝倉第二小学校にあるという。同校では1998年に図書室の鍵をなくして児童がいつでも入れるようにしたり、朝の読書タイムを設けるなど、読書教育に力を入れていて、三宅さん在校中の2004年には文部科学大臣から表彰を受けている。

三宅香帆さん:
やっぱり読書推進みたいな文化があったことは大きかったと思います。

(4年生の頃に出会った)はやみねかおるさんの『夢水清志郎』という青い鳥文庫のシリーズがあって、それはもうすっごいハマって。図書室に全巻あったので、友達とも話しながら読んでましたね。

ーーどういうところを好きになったんですか?

今思うと本格的なミステリーですけど、人間関係の描写も面白かったり、キャラクターも面白かったです。その当時、シリーズものでハマることがなかったんですけど、「他の巻も読みたい!」と思った最初のシリーズだったので。セリフも覚えているのがいっぱいありますね。

ーー文芸評論家・三宅香帆の原点は朝倉第二小学校にあった?
はい。そう思います。

本との出会いを届けたい

本が「自分の知らない世界を教えてくれたり、自分の知らない言葉を喋ってくれた」という三宅さん。「自分の中の大事な価値観だったり、読書によってすごく助けられた面が大きい。友達とか親には相談できないことを本によって相談できた感覚がある」と振り返る。

ーーもし高知にいた頃の少女だった自分に今の自分からメッセージを送れるとしたら何を伝えたいですか?

「周りの言うことは聞かなくていい」というのは、伝えたいと思います。

私は小さい頃、「人の言うことを聞かなきゃいけないんじゃないか」と思うことが、すごく多かったんです。

けど、自分の考えていることに従わなきゃいけないタイミングだったり、周りに反対されても自分のやりたいことをやらなきゃいけないタイミングはどこかでやってくる。

周りの言うことって、自分にとってはそんなに正しくないことも多いと思うので、それよりは自分のやりたいこととか、自分の好きなことを大事にしてほしいなと思いますね。

ーーこれからの夢や目標を教えてください。

三宅香帆さん:
(自分が本の面白さを知ることができたのは)面白い批評だったり、評論に出会ったりとかして、面白さを伝えてくれた存在がいたから。

たまたま自分は運良く図書館に行けたり、図書室に出会えたりしたけど、そこにアクセス自体が難しい人もたくさんいると思うので、そういう人に対して、たまたまネットで見かけた記事だったり、たまたま出会った新書だったりで、本の面白さに気づいてもらえたらいいなと。

本にまだ出会っていない人に対して、出会いを届けられたらいいなと思っています。

(高知さんさんテレビ)

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