BSL4 「国策」長崎県、長崎市は容認 周辺住民、根強い不安 

 長崎大の河野茂学長は11月14日、設置計画を進めている感染症研究施設「バイオセーフティーレベル(BSL)4」について、長崎市の坂本キャンパスで12月着工することを正式に表明した。アフリカで流行する致死率の高いエボラ出血熱などの感染症が国際交通網の発達で日本国内に入り込むリスクもあり、キャンパス周辺の住民の間ではBSL4設置に理解を示す意見も聞かれるが、施設から病原体が漏れる可能性への不安は根強い。着工を前にこれまでの経緯と今後の課題をまとめた。

 ■理解/大学「確実に深まっている」

 11月16日、長崎市役所。反対住民らは長崎大などに対し、病原体の漏出事故が起きた際の避難計画などの情報開示を裁判で求めることを決め、記者会見に臨んだ。坂本キャンパス近隣の山里中央自治会長、道津靖子さん(59)は厳しい表情で訴えた。

 「もし事故が起きたら(周辺住民が感染するのではないか)。そんな不安に子や孫までが半永久的に苦しめられる」

 訴訟に賛同し、原告となる団体に加わったのは周辺住民や市民ら約2千人。施設ではエボラ出血熱のように致死率が高かったり、治療法がなかったりといった危険性が極めて高い感染症の病原体を扱う。このため災害、人為的ミス、テロなどで病原体が施設外に出る「リスク」に、周辺住民らの不安は払拭(ふっしょく)されていない。裁判では事故への対応マニュアルや扱う病原体の種類などを明らかにするよう求めていく。

 反対自治会などでつくる団体によると、2016年12月時点で坂本キャンパス周辺などの26自治会が施設建設への反対を決定。このうち11自治会は15~16年にそれぞれ建設への賛否を問うアンケートを実施。結果を集計すると、全2003世帯のうち63%の1270世帯が回答。このうち「反対」は61%(778世帯)、「賛成」は11%(136世帯)、「どちらでもない」は28%(353世帯)だった。

 一方、大学側は2010年以降、周辺住民、市民、諸団体向けの説明会や公開講座などを計143回開き、2016年5月からは近隣自治会長や識者らでつくる「地域連絡協議会」を22回開催し、施設の必要性や安全対策などを説明。調漸(すすむ)学長特別補佐は依然不安を感じている住民の存在を認めつつ「住民説明会で『頑張ってください』と言われたり、激励の電話がかかってきたりしている。以前はあまりなかったことで、理解は確実に深まっている」と話す。

 長崎大は施設を2021年度に完成させ、2022年度以降の稼働を目指す方針。

 ■課題/事故時の情報公開 議論必要

 長崎大によると、施設は地上5階建て(約43メートル)で、建築面積は1278平方メートル。震度7に耐えうる免震構造とし、監視カメラで施設内外の安全を確認。施設立ち入りには認証システムを採用し、入退館を厳重にチェックする。実験室から出る空気、物、水はすべて病原体を取りのぞく処理を施し、実験者も防護服の上から薬液シャワーを浴び除染する。こうした対策で「世界最高水準の安全性」を目指すという。

 昨年12月現在、BSL4施設は24カ国で50カ所以上が稼働。最初の施設稼働からほぼ半世紀が経過する中で、研究者が誤って自分に針を刺した事故が6件あり、2人が感染により死亡。一方、病原体が施設外に漏出して感染者が出た事故は起きていない。

 ただ長崎大は、病原体が実験室の外に出る恐れがある事象として109例を想定。このうち病原体が施設外に出る可能性が最も高いのは、実験者が針刺し事故などで感染し人を介するパターンで、「実験者を病原体の暴露から守る対策が最重要」と位置付けている。実験者2人が安全を確認しながら作業することとし、安全管理マニュアルの整備や教育訓練の徹底にも取り組む。万が一、事故が起きて実験者が感染した場合は、近くの長崎大学病院に速やかに隔離する方針だ。

 長崎大は今後、地域への情報公開の在り方なども検討する。実際、地域連絡協議会の委員には近隣の自治会長が入っているが、協議会と住民の間で、議論の内容や意見・要望をどう相互に伝えるかは、自治会長の裁量に任せられている。このため自治会によっては住民から「議論の内容が下りてこない」「協議会に意見が伝わらない」といった不満も聞かれる。

 調学長特別補佐は「稼働後も地域連絡協議会のような機関は必要。どのような機能を持たせるのかはこれからの議論」とし、「施設完成から稼働までに内部を見学してもらい、どれほど堅牢な施設か住民の理解を得る努力もしたい」と話す。万が一、病原体が施設外に出たとき、住民に情報をどう伝えるかも「行政機関も巻き込んでしっかり議論しなければならない」としている。

 ■経緯/「国策」 長崎県、長崎市は容認 

 長崎大がBSL4施設設置の可能性に初めて言及したのは2010年5月。片峰茂学長(当時)は長崎と感染症の「因縁」を江戸時代までさかのぼって紹介し、「いまや長崎大学は、日本では他の追随を許さない研究陣容と経験を擁し、国内外に名をとどろかす感染症の教育研究拠点となっている」とのメッセージを公表。長崎大、行政、市民とともに設置の可能性について「考えてみたい」と訴えた。

 その後、学内外の専門家らでつくる「学長室ワーキング・グループ(WG)」で具体的な検討に入り、12年4月の4回目のWGは、坂本キャンパスを第1候補地とすることを念頭に「新たな検討段階に歩を進めるべきだ」と結論。その3カ月後、片峰学長は「人類の安全・安心への貢献」「地域や学内の理解と支援が不可欠」などとした8項目の「基本的考え方」を示した。

 2015年6月、長崎大、長崎県、長崎市の3者で基本協定を結び、「周辺住民の安全・安心の確保に最大限の努力を傾注する」ことなどを確認。2016年11月には、政府が関係閣僚会議で長崎大の計画を「国策」として進めることを決定し、長崎県、長崎市も「地域との信頼関係構築」などの条件付きで計画を容認した。11月14日の22回目の地域連絡協議会で河野茂学長が12月着工を正式表明。その2日後、反対住民らが施設を巡る詳細な情報開示を求め長崎地裁に提訴した。

 長崎大の坂本キャンパスには熱帯医学研究所を中心に感染症の専門家が約150人おり、この分野で世界最高峰とされるロンドン大との連携も進んでいるという。調学長特別補佐は「BSL4は最後のピース。設置されれば感染症対策の国家的な基地になる」と言う。

河野学長が12月着工を正式表明した地域連絡協議会では、委員から賛否両論が相次いだ=11月14日、坂本キャンパスのグローバルヘルス総合研究棟
BSL4施設をイメージした模型=坂本キャンパス、熱帯医学ミュージアム

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