「バレンティンが山田哲人の盗塁を助けていた」は本当? 打者の盗塁サポートを検証

ヤクルト・山田哲人(左)、今季ソフトバンクに移籍したバレンティン【写真:荒川祐史、藤浦一都】

打者は走者の盗塁をサポートできるのか、ポップタイムで検証すると…

 盗塁について論じられるとき、しばしば話題になるのが盗塁を助ける打者の存在である。打者のスイングによっては捕手のスローイングを難しくさせることがあり、それが盗塁を助けるというものだ。そのような打者の代表として論じられるのが、2020年にヤクルトからソフトバンクへ移籍したウラディミール・バレンティンである。バレンティンの大きなフォロースルーが捕手の位置を後ろに下がらせる効果をもち、それが山田哲人の盗塁をサポートしていたとの仮説は、スポーツ紙でも確認できた。

 確かに、捕手が下がれば二塁までの距離が長くなるため、送球にかかる時間が長くなる可能性は高い。だが実際、どの程度影響をもつのだろうか。今回はこの仮説を検証するため、打者によってポップタイム(捕手が捕球してから送球が二塁に届くまでの時間)がどれほど変わるかをデータで確認していく。

ポップタイムと二盗阻止率の関係(2019年/NPB)【画像:DELTA】

 議論を進める前提として、ポップタイムと盗塁阻止率の関係を把握しておこう。イラスト内左のグラフは2019年のNPBでポップタイムを取得できた二盗を対象に、ポップタイム別の盗塁阻止率を示したものだ。ポップタイムが1.80~1.82秒であれば64.3%、1.82~1.84秒であれば56.3%……というふうに0.02秒ごとに盗塁阻止率を集計した。グラフを見ると、プロットは左上から右肩下がりになっており、ポップタイムが短いほど二盗阻止率が高い様子がわかる。

 またイラスト右のグラフは、捕手ごとの平均ポップタイムと二盗阻止率との関係を見たものだ。左のグラフに比べややばらつきはあるものの、おおむねポップタイムが短いほど二盗阻止率が高い傾向がある。基本的に二塁ベースカバーの選手に素早くボールを届けるほど盗塁阻止率が上がるのは間違いなさそうだ。

バレンティンの打席でポップタイムは短くなるのか?

 前提を確認したところで本題に入っていく。実際にバレンティンの打席ではポップタイムが長くなっているのだろうか。昨季バレンティン打席時の二盗でポップタイムが計測できたのは14回。このときの平均ポップタイムは1.964秒だった。NPB平均が1.963秒であるためほぼ同じだ。0.001秒だけバレンティン打席時に遅くなっているが、ほとんど計測誤差の範疇である。先ほど確認したポップタイムと二盗阻止率の関係から考えても、0.001秒の差は阻止率にほとんど影響を与えないと考えられる。

 ただしポップタイムの計測はサンプルが少ない。前述したとおり2019年のバレンティンで14だった。バレンティン打席時に偶然優れたポップタイムを記録する捕手が多かった可能性もある。そのような捕手に対しNPB平均並のポップタイムを記録させているのであれば、バレンティンのスイングが捕手に影響を与えていると考えられなくもない。

 そこで、バレンティンの打席での(1)平均ポップタイム1.96秒と、バレンティンの打席で(2)送球した捕手のシーズン平均ポップタイムを比較する。(2)より(1)の時間が長ければ捕手のもっている送球能力以上にポップタイムを遅らせたと考えることができる。

打者別平均ポップタイム【画像:DELTA】

 イラストがその結果だ。(1)バレンティンの打席の捕手のポップタイム1.96秒に対し、(2)送球した捕手のシーズン平均ポップタイムは1.99秒。バレンティンの打席の盗塁企図で、ポップタイムの短い捕手が送球をしていたわけではなかったようだ。むしろバレンティンの打席では0.02秒とわずかではあるがポップタイムが短くなっていたという結果だ。

 イラスト内、バレンティンの下には同様の手法で計算をした際、(1)と(2)の間で大きな差が生まれていた選手を記した。画面内赤の矢印で示したのが、打席時に捕手のポップタイムが遅くなっていた打者たちだ。打者によってプラス・マイナス0.05秒程度の差が出ているが、二盗阻止の観点から考えると無視できない時間の長さである。

 ただし今回の検証は2019年のみ。打者ごとのポップタイムの記録はレギュラー野手でもシーズン10~20回と少なく、あくまでも参考の域を超えない。実際に打者にそのような能力があるかの断定はもう少し多くのデータを集めての検証が必要になる。

 また今回、2019年のバレンティンの打席でポップタイムが遅くなっていなかったことがわかったが、これはイコール盗塁をサポートできていないということにはならない。ポップタイムは盗塁阻止のほんの一要素に過ぎない。捕手の送球を乱れさせるなどほかの要因で走者をサポートしている可能性は十分考えられる。盗塁を期待できる走者が出た場合、走者やバッテリーだけでなく打者の行動についても注目する価値はありそうだ。(DELTA・八代久通)

DELTA
 2011年設立。セイバーメトリクスを用いた分析を得意とするアナリストによる組織。書籍『プロ野球を統計学と客観分析で考える デルタ・ベースボール・リポート1~3』(水曜社刊)、電子書籍『セイバーメトリクス・マガジン1・2』(DELTA刊)、メールマガジン『1.02 Weekly Report』などを通じ野球界への提言を行っている。集計・算出した守備指標UZRや総合評価指標WARなどのスタッツ、アナリストによる分析記事を公開する『1.02 Essence of Baseball』も運営する。

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