命懸けの「クマたたき」は戦略の失敗 適正個体数、木の実凶作年を基準に調整を

クマに襲われる被害が相次ぎ、道路脇に掲げられた看板=新潟県五泉市

 各地で市街地へのクマの出没や人身被害が相次いでいる。環境省は10月26日、農林水産・林野・警察の各省庁と対策会議を開き、連絡体制の整備、注意喚起、早期の備え、誘因物の除去といった対策を示した。報道を見る限り、国は従前のクマ対策を抜本的に見直すつもりはないようだ。相変わらず、ポイントがずれており、対症療法の域を出ていない。(元日本動物園水族館協会会長=山本茂行)

 ▽「餌不足が原因」はお門違い

 私の住む富山県は2004年、クマが大量出没し、全国で一番多くの人身被害を出した。富山県の里山、呉羽(くれは)丘陵にある動物園「富山市ファミリーパーク」の園長として、私はそのころから、里山と人と野生動物の問題をライフワークの一つとしてきた。そして、クマの生息域や個体数、生態についての詳細な動態的分析と評価、それに基づく対クマ戦略の構築の必要性を繰り返し訴えてきた。

 そうした活動の中で得た知見によれば、クマ出没の原因を山の堅果(クリ、カシなど)の凶作による餌不足とし、人家周りの果実の除去や廃棄農作物の処分の徹底を叫ぶのは、お門違いと言わざるを得ない。山の木の実が豊作・凶作をイレギュラーに繰り返すのは自然の姿だからだ。

 問題は凶作の年に山の餌資源では足りないほどクマがいることなのだ。強いクマに山は独占され、弱いクマは町に出て柿を食わざるを得ない。クマの数の多さが要因なのだ。行政も研究者もそこに立ち入らない。だが、それは数字がはっきりと示している。

クマの出没や人身被害が相次いでいることを受け開かれた、関係省庁の連絡会議=10月26日、東京都千代田区

 ▽毎年3100頭を駆除しているのに

 環境省は10月23日、直近5年間の「クマ類の出没情報について」、直近13年間の「クマ類による人身被害について」、同「クマ類の捕獲数(許可捕獲数)について」の速報値を公表した。要約すると以下のようになる。

 ①今年8月と9月の出没件数は5802件。この5年間で一番多かった昨年同時期より980件増えている。

 ②人身被害は13年間で1195件。全国で毎年100件近くの人身被害が起きていることになる。

 ③13年間のクマ類の捕殺頭数は4万198頭。全国で毎年約3100頭のクマが駆除されていることになる。狩猟による捕殺を含めると、毎年約3200頭のクマが命を落としている。

 それだけ捕殺しても出没が減らず、生息域も広がっているとすれば、減る数より増える数が相当上回っているとみるしかない。これまでのクマ対策では、このことが議論されていない。山にはクマがあふれている。なぜこんなことになったのか。

ずいぶん前から、奥山には人や車になれたクマが出現していた=2012年8月、富山市有峰地区(筆者撮影)

 ▽荒れる里山、広がるクマの領地

 戦後の高度成長期に、外国に資源を求めて燃料や肥料、食料、資材を地域の山に依存する生活様式が消えていった。収奪されなくなった森林は成熟していく。さらにその後は、過疎化・高齢化で山から人そのものがいなくなる。

 山の資源も土地もクマたちのものになった。それが半世紀も続いている。そんな中でクマの数が増えないはずがないのだ。これからもっと増えていく。

 人の手が入らず荒れるに任せた里山。やがて森や繁みに呑み込まれ、それは市街地を包囲していく。市街地のすぐ隣が、クマたちの新たな移動域、生活の場となっていく。かくして人とクマとの境界線が薄くなり、人やその環境に慣れたクマたちが現れてくる。

 不幸にして市街地にさまよい出たクマは、工事現場や大型商業施設にも出没し、逃げ場を失い、迷いこむ。これが一番危うい。クマは逃げるために人を襲う。危険は山ではなく、むしろ市街地にある。

 「まさかこんなところにクマが。何十年住んでいるがクマなど見たこともない」。こんな地元の人の声がいつもメディアを通じて流れる。この認識は即刻、改めるべきだ。既に市街地のすぐそばでクマが暮らしている。クマよけの鈴を鳴らしてみても始まらない。

 ▽まずは数と動向の把握を

 この人とクマの関係を、戦国時代の戦(いくさ)に例えてみよう。

 人間軍はクマ軍団の戦力(占領地面積、兵の数、兵の補てん・増強力、兵糧、兵站)を分析しないで放置し、水際の市街地までの接近を許した上で、裸のお城で籠城戦をしている。

 他方、クマ軍団は1日24時間のすべてを、生存のために使っている。その生き方は教科書に書いてあるようなスタティックなものではない。知恵を働かせ、したたかに生き方を変え、個体数を増やし、領土を広げていく。クマの生存力を侮ってはならない。

 この事態を人間側は、クマが冬眠する冬になったら忘れ去り、目覚める春になって再び慌てふためく。国や自治体はいまだに、人家周りの柿の実の除去や廃棄農作物の処分の徹底を叫ぶだけ。はなから完璧な負け戦だ。

 喫緊の課題は、クマの数や動向を調べること。そして山のクマの適正個体数を、豊作年ではなく凶作年を基準にしたものに調整しなければならない。そのうえで、地域に見合った先手必勝の被害防止対策をすることだ。

 具体策としては、境界ベルトの構築、IT技術等を駆使した探知・追い払い、啓発、捕殺の判断と実行が可能な対クマ組織の構築だ。

 それには金も人手も技術もいる。組織もネットワークも欠かせない。予算不足の自治体は「まさか」という事態が起きるまで腰を上げない。霞が関の官僚や政治家は、地方に住む民の不安が分からない。

 だが、それをやらないと、クマはこの先もずっと出没する。いつまでも市街地で、モグラたたきならぬ、命懸けの「クマたたき」を繰り広げることになる。

10月19日、石川県加賀市の商業施設に侵入し射殺されたクマ(同市提供)

 毎年約3200頭のクマが殺され、約100件のクマによる人身被害が起きている。それでも安心安全な国といえるのか、住みよい豊かな地域と見るのか。その基本認識によって、発想や動き方は変わってくるだろう。

 国民が幸せな生活を送ることに、政府は責任を負っている。国民に安全な暮らしを保障できないなら、抜本的な対策に乗り出すべくかじを切らねばならぬ。国防よりも具体的で身近でずっと続く問題なのだから、予算をかけるべきだ。日本の知恵と技術と人の力をもってすれば、クマ問題の解決は決して難しくはない。

 それは国土を豊かにし、人と自然の良好な関係を築くための、未来への先行投資にもなるだろう。

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 山本茂行(やまもと・しげゆき)1950年、富山県高岡市生まれ。立命館大中退。富山市ファミリーパーク園長を経て2017年から名誉園長。10年から14年まで日本動物園水族館協会(JAZA)会長を務めた。

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