欧州のサッカーシーンで活躍したナニが米プロリーグMLSオーランドの主将として、クラブを史上初のプレーオフ進出に導いた。マンチェスター・ユナイテッド(イングランド)で欧州チャンピオンズリーグ(CL)やクラブワールドカップ(W杯)を制し、ポルトガル代表ではクリスティアノ・ロナルドとともに2016年欧州選手権優勝に貢献。数々のタイトルを手にして、11月17日で34歳になるベテランが、これまでのキャリアや日本人選手との思い出などについて、オンライン取材に対し語った。(聞き手、共同通信=田丸英生)
―オーランドでの2シーズン目は好調で、7~8月に集中開催された大会「MLS・イズ・バック」で準優勝して大会ベストイレブンにも選ばれた。
今季は新型コロナウイルスで大変なことも多いがチームは成長しており、個人的にも素晴らしいシーズンを送れている。オーランドは気候がよく、街も美しいので家族も気に入っている。
―長くプレーした欧州を離れ、2019年2月に米MLSを新天地に選んだ理由は。
実は数年前に中国への移籍話もあったが、当時はまだ欧州に残りたいと思っていたのでスペイン(バレンシア)を選んだ。それから数年がたって、今度は米国からオファーが舞い込んできた。私は挑戦が好きで常に野心を持っていたい。オーランドからクラブのビジョンを聞いてモチベーションが湧いてきたので決断した。
―これまで日本との接点もあった。マンチェスターUに加入直後の2007年夏にプレシーズン・ツアーで来日したが、浦和レッズとの親善試合は出場しなかった。
だいぶ昔のことだから、残念ながらその遠征のことは正直あまり記憶にない。
―2008年に日本で行われたクラブワールドカップ(W杯)では、ガンバ大阪に5―3で勝った準決勝にフル出場した。
自分たちの初戦だったと思うが、日本のチームのパフォーマンスが良くて予想以上に苦しめられたことを覚えている。すごい試合だった。日本を訪れてあのような大会に参加できたことがうれしかった。
―2012年には香川真司がマンチェスターUに加入してチームメートとなった。
シンジとはとても仲が良くて、コンビネーションも非常に良かった。同時に試合に出る機会は決して多くなかったが、同じピッチに立てば息の合った連係ができていたので、本当はもっとたくさんの試合で一緒にプレーしたかった。もちろん選手としてだけでなく、人としてもいいやつだった。当時は彼もまだ若くて、年齢の近いチチャリート(エルナンデス)やアンデルソンらと一緒に過ごした楽しい思い出がたくさんある。
―今でも親交がある。
以前に彼が移籍先を探している時に電話して、オーランドに来て一緒にプレーしないかと誘ったことがある。その時は『今はスペインでプレーしたいんだ』と断られたが、いつかまたチームメートになれたら最高だね。
―スポルティング(ポルトガル)では田中順也と同僚だった時期も。
タナカはとても親切で、常に相手に敬意を払う人間だった。今まで会った中でも最も性格がいい一人と言えるだろう。選手としてもいいストライカーで、重要なゴールも決めてくれた。アウェーのブラガ戦(2015年1月11日)で、彼が終了間際にFKを決めて1―0で勝った試合は忘れられない。
―海外移籍の一歩目にポルトガル・リーグを選ぶ日本人選手が増えている。
有望なタレントを数多く輩出しているリーグなので、若い日本人選手にとってもいい舞台だと思う。欧州のサッカーに慣れることができて、成長の速度も上がるだろう。多くの指導者やクラブが注目しているリーグなので、活躍すればステップアップするチャンスもある。
―ベテランの域に入ったが、長くプレーできる秘訣は。
毎日の練習と努力しかない。そして精神力や野心を持つことも大事だ。もちろん18歳や20歳の頃と比べてエネルギーは落ちたかもしれないが、プレーだけを見たら大きな違いは感じないだろう。なぜならプレーの質が上がっているから。年齢とともに経験を重ねて、若い頃より完成度の高い選手になっていると思う。
―30代半ばまで第一線でプレーできると想像していたか。
若い頃は今ほどプロ意識も高くなかったので、先のことは考えずに毎週末プレーすることだけに集中していた。エネルギーが有り余っていて回復も早かったので、周囲のアドバイスもあまり耳に入らなかった。20代後半になって負傷などを経験してから体のことを考え、毎日何をすべきか意識するようになった。今は最高のコンディションで試合を迎えられるように1週間の過ごし方を考えていて、そのおかげか誰に会っても年齢より若く見られる。
―同じポルトガル代表で2歳上のロナルドは昔から誰よりも練習熱心だったと言れる。
その通り。彼はとてもプロフェッショナルだった。毎日技術を磨いて、体を強くして、最高の選手になるために何が必要かを考えていた。自分もその姿を近く見てお手本にしていた。
―何歳まで現役を続けられると思うか。
先のことは分からないが、一つ言えるのは自分がもうプレーしたくないと思う日まで、毎日努力を重ねるということ。輝き続けられる限りは全力を尽くしたい。
―今後Jリーグでプレーする可能性は。
過去には何度か『日本に行く気はあるか』と意思を確認されたことはあるが、正式なオファーを受けたことはない。日本には美しい街が多く、生活環境も良いことは知っている。イニエスタやビジャのような選手がプレーするのは、素晴らしいリーグである証し。もし興味を示してくれるチームがあれば聞いてみたい。今は米国で幸せだが、ここで現役生活を終えるのか、いつか他の国へ行くことになるのか、未来のことは誰にも分からない。