虐待の精神科病院で私が見たもの 院長「独裁」、利益優先で患者退院させず

 神戸市の精神科病院「神出(かんで)病院」で入院患者に虐待をしていたとして、元看護師ら男6人が暴行や監禁などの罪で10月までに有罪判決を受けた。手すり付きベッドを逆さにして患者に覆いかぶせ、閉じ込める。患者の陰部に塗ったジャムを別の患者になめさせる―。おぞましい虐待事件はなぜ起きたのか。同病院で以前働いていた看護師Aさんが共同通信の取材に応じ、実態を明かした。(共同通信=大湊理沙、山本紘平)

 ▽看護師長が虐待指導

 虐待事件があったのは、重い統合失調症や認知症などの患者が入院する同病院の「B棟4階」。逮捕、起訴された元看護師5人と元看護助手1人は、10月27日までに3人が実刑、残り3人も執行猶予付き有罪が確定した。

 判決によると、6人は18年9月~19年11月、男性患者2人の顔を押さえて無理やり口づけさせる▽患者の顔にホースで水を掛ける▽頭を粘着テープでぐるぐる巻きにする―など計10件の虐待をした。

 患者への暴言や暴力は遅くとも2015年ごろから行われていたとされる。Aさんは「看護師長が虐待のやり方を部下に教え、看護部長も虐待を黙認していた」と証言。6人以外にも複数の看護師らが「大なり小なり」虐待をしていたと話す。

「愛ある思いやりのある看護を提供します」などとうたった神出病院のパンフレット

 ▽医師たちも容認

 精神保健福祉法では、「患者に自殺や自傷の恐れが切迫している」「代替の手段がない」といった条件を満たし、医師が必要と判断した場合のみ、隔離や拘束が認められているが、B棟4階では医師の指示に基づかない拘束などが常態化していた。

 Aさんによると、虐待や不適切な隔離・拘束がエスカレートしたのは18年ごろ。認知症患者のほか、身体疾患と精神疾患を併せ持つ高齢者が増え、病棟の環境が変わったという。

 点滴を抜いてしまう人、昼夜逆転で夜中に歩き回り転倒する人、他の患者の持ち物を取ってしまう人…。「説得しても、認知症で理解してもらえない」。B棟4階には看護師、看護助手が計約20人勤務していたが、夜間は3人で50~60人ほどの患者に対応しなければならない。

 対応が追い付かず、転倒を防ぐため患者を車いすにベルトで固定したり、部屋から出ないよう病室の扉に外から粘着テープを貼ったりする不適切な対応につながっていった。

 「病院が十分な態勢を取らないまま、他の病院が手に負えない患者でも利益のためどんどん受け入れたため、負担は全部、現場に回ってきた」

 医師たちもこうした不適切な隔離・拘束を知っていたが、「ちゃんと閉じ込めておいてよ」などと容認していたという。

神戸市の神出病院=3月(共同通信社ヘリから)

 ▽認知症5万人が入院

 背景には、ケアが難しい認知症の人が介護施設などで受け入れを断られ、精神科病院にたどり着くという現状がある。

 厚生労働省によると、17年時点で全国の精神科病院に入院する認知症患者は約5万2千人。全体(約27万8千人)の2割近くを占める。家族にしてみれば、医師や看護師が24時間いる病院は「安心」という感覚になる。

 だが、病院は「暮らしの場」とは言い難い。認知症ケアの専門家は「過ごしやすい環境で穏やかに接したり、身体の不調を取り除いたりすれば、行動障害はそれほどひどくならない」と口をそろえるが、慣れない環境で不適切な対応をされれば患者は混乱する。

 ケアする側から見ると「徘徊」や「不穏な行動」と映り、丁寧なケアをするだけの人員がいなければ、隔離・拘束するしかないという悪循環に陥る。「あの状況でどうすればよかったのか。教えてほしい」。Aさんは今も答えを見つけられずにいる。

虐待事件があった神出病院=7月、神戸市

 ▽満床を誇りに

 Aさんによれば、こうした状況を招いた大きな要因が院長の利益優先の経営方針だった。精神科病院では数十年間入院している患者も珍しくなく、国は退院を促して地域で暮らせる取り組みを進めているが、院長は満床状態を維持するため、ある患者を退院させた医師を叱責したこともあったという。患者を積極的に退院させようという姿勢は感じられなかった。

 同病院は大阪、兵庫で病院や介護施設などを展開する「錦秀会グループ」の一つ。「院長は満床にすることを誇りに思っていたようで、患者さんよりも病院の利益を優先していた。独裁的で、誰も逆らえなかった」とAさん。建物の修繕も二の次で「老朽化して雨漏りする病室もあったのに、放置されていた」と明かした。

 病院は昨年12月、兵庫県警から虐待の疑いがあるという連絡を受け、今年1月に「虐待防止委員会」を設置したが、「委員会のメンバーは院長お気に入りのスタッフばかりだった」。元看護師ら6人の公判で有罪と認定された行為の一部についても、院長は必ずしも虐待とは言えないといった認識を周囲に示していたという。

 病院は9月に再発防止策に関する院長名の文書を公表したが、そこでも「インフルエンザなどの患者様が、感染症についての病識が乏しいために離室」「重ねて説得するものの、徘徊を繰り返して他の患者様に迷惑行為を繰り返す」などと、患者側に問題があるかのような記述をしていた。

神出病院が院長名で公表した再発防止策に関する文書の一部

 Aさんの証言について見解を尋ねた取材に対し同病院は「現在、市に提出した業務改善計画に沿って再発防止の取り組みを進めており、個別の質問に答えるよりも、それに尽力することが信頼回復の近道と考えます」と回答した。

 ▽隠蔽体質

 少なくとも5年ほど前から続いていた虐待や不適切な隔離・拘束。指導監督権限のある神戸市は気付いていなかったのか。

 市は精神科病院に年1回、定期の実地指導をしているが、事前に通告した上での調査のため、病院側が実態を取り繕うことは可能だ。実際、Aさんによると、神出病院は実地指導の際、患者の拘束を解き、転倒を起こさないよう見守る人員を増やした上で市職員の訪問を迎え入れていたという。「ずっと前から隠蔽体質だった」

 Aさんが証言した実地指導時の病院の対応について、市の担当者は取材に「事実であれば問題だ。今後は職員、患者への聞き取り調査の時間を増やす方針なので、その中で注意を払っていきたい」と回答。法律では抜き打ち調査の権限もあるが、「病院との信頼関係が損なわれるので、簡単にはできない」と話した。

 Aさんの証言を共同通信が報じた5日後の10月22日。市議会で同病院への対応を問われた市は、精神保健福祉法で定められた管理者責任を果たしていなかったとして、院長の「精神保健指定医」資格を取り消すよう厚生労働省に要請する方針を明らかにした。

神戸市の神出病院=3月(共同通信社ヘリから)

 ▽取材後記

 「(虐待は)他の病院や施設でも間違いなくあると思う。原因を明らかにすることで再発予防に生かしてほしい」。Aさんは取材に応じた理由をこう話した。言葉の端々からは看護師や医師の感覚がまひしていった様子が垣間見えた。

 精神科病院は閉鎖的になりがちで、入院患者の家族は実態が分からず、「お世話になっている」という負い目もあって意見を言いにくいことが多い。劣悪な環境が放置された病棟は、患者の病状や家族の思いにつけ込む病院組織の姿を映し出しているのではないか。

 「みんな仲良く『患者のために』と一生懸命働き、いい思い出もある」。虐待 がエスカレートするまでの日々をそう振り返ったAさん。精神疾患や認知症があ る人の行き場がなく、病院に閉じ込められる状況を招いた原因は、社会に生きる 私たちの無関心にもあるのではないか。見て見ぬふりをして現場の医師や看護師、 介護職らに責任を押しつけるのではなく、「どうすればよかったのか」というA さんの問い掛けを考えていく責任が私たちにもあると思う。

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