信仰や習慣に囲まれたチベット人女性の苦悩 「簡単に結論出せない」「羊飼いと風船」ペマ・ツェテン監督

チベットに暮らす牧畜民の家族を描いた映画「羊飼いと風船」。本作のペマ・ツェテン監督をオンラインで招いたトークイベントが、劇場公開初日の23日にシネスイッチ銀座で実施された。ツェテン監督は、長編7作目となる本作の劇場公開に感謝を述べ、観客からの質問に答えた。

「羊飼いと風船」の写真をもっと見る

中国の一人っ子政策がテーマとなる本作は、1度目の検閲では審査が通らず、何年か経た2度目の審査でようやく映画製作に取りかかることができたという背景をもつ。1度目の検閲が通らなかった理由について監督は、「私が最初に審査に脚本を送った時には、まだ中国の計画出産(一人っ子政策)が実施中でした。ですから、審査が通らなかったのだと思います。2度目は何年もたって送ったわけですが、その時も私は脚本上かなり調整をしましたが、ちょうど政策が廃止になり、検閲が通り許可が出ました」と、中国の政策と大きく関わりがある考えを示した。

作品の原点についての質問に対して監督は、映画を見た人から「フェミニズムの映画」と言われるものの、「女性の苦悩を強調して撮ろうと思った訳ではありません」と回答。本作の発端は、北京の町で風に吹かれる赤い風船のイメージが強烈だったことで、それから舞台をチベットとし、女性の主人公や計画出産が行われていた1990年代の設定が加わり、チベット人特有の信仰と伝統やそれらの矛盾に直面する女性の苦しみを脚本に落とし込んでいったことを明かした。

本作が1度目の検閲に通らなかった際、小説として先に発表し、あらためて脚本化したという経緯がある。これまで手がけた他の長編映画も、自身で小説として著した作品が多い。ツェテン監督は、「インスピレーションを感じるとき、これを映画にするのか、小説にするのか、という判断は自然と働きます。しかし映画をつくるには外部的な諸条件が多く、おのずと限度ができてしまうため小説は映画よりずっと自由度が高いといえます。ただ、最近はストーリー展開についても、どこかで映画的な発想をしている。長編映画を何本か作ったことで、何らかの影響が出てきているんでしょうね」と、小説と映画について語った。

母親・ドルカルの行く末を明確に提示しないラストシーンについては、「ドルカルは現代的な女性のような結論は出せません。なぜなら彼女はチベットに住み、伝統的な信仰や習慣に取り囲まれているからです。その中で彼女の悩みは、ますます大きくなる。そして一体どうしたらいいのか、という大きな悩みがあるからこそ、ラストは簡単には結論づけられません。私自身も監督として、簡単に選択・結論を彼女に与えることはできませんでした」と真意を明かし、「観客の皆さん一人ひとりの文化的な背景やこれまでの経験、ご自分の環境によって違うラストを想像すると思います、そしてそれでいいと私は思います」と観客にメッセージを送った。

「羊飼いと風船」は、近代化によって中国の一人っ子政策の波が押し寄せる中、大草原で牧畜をしながら暮らす三世代の家族を描いた、チベットを舞台とした作品。信仰との向き合い方、牧畜民として生きる厳しさ、伝統的な役割を強いられてきた女性たちの選択が描かれる。第20回東京フィルメックスでは「気球」のタイトルで上映され、最優秀作品賞を受賞する評価を受けた。チベット映画の先駆者であるペマ・ツェテン監督の劇場初公開作となる。

羊飼いと風船
シネスイッチ銀座ほかにて上映中
配給:ビターズ・エンド

© 合同会社シングルライン