たすきつないで70年 郡市対抗県下一周駅伝<下> 羽ばたいたトップランナー 藤原新「地元密着に楽しさ」 井上大仁「最初の大きな目標」

「子どもからシニアまで一緒に走ることに価値がある」と語る藤原さん(写真右=浜松市内)と、「何かの代表に選ばれた初めての経験」と振り返る井上選手=長崎市、三菱重工昭和寮

 郡市対抗県下一周駅伝から羽ばたいたトップランナーは多い。今回は2012年ロンドン五輪男子マラソン代表の藤原新さん(39)=スズキ男子マラソンヘッドコーチ=と18年アジア大会男子マラソン金メダルの井上大仁選手(28)=三菱重工=に、県下一周ならではの価値や思い出について語ってもらった。

 -まず、駅伝自体が持つ魅力をどう考えていますか。
 藤原 マラソンやトラック競技は「タイムを出してなんぼ」で、駅伝は駆け引きの要素が強い。だから、常におもしろく見ていられる。走っている側からすれば、チームだからこその緊張感があり、自分だけで到達できないような目標まで行ける。
 井上 1本のたすきに選手一人一人やチームの思いが詰まっている。そういうことを感じながら走り、応援する駅伝はひきつけるものがあるのだと思う。「誰かのために走る」からこそ、プレッシャーも、喜びも大きくなる。

 -県下一周駅伝ならではの魅力についてはどうですか。
 藤原 例えば、五輪は手が届かない遠い存在だからこその魅力がある。市町村駅伝は180度ベクトルが違う魅力。ローカル色が強くて、地元に密着している楽しさがある。子どもからシニアまで一緒のチームで走ることに価値があるし、誰もがヒーロー、ヒロインになれる。その地域には子どもからお年寄りまで住んでいるので、それを象徴するような、みんなでやっている感が出ていい。
 井上 初めて走ったのが中学3年生だった。何かの代表に選ばれるという経験はあの時が初めて。実業団の選手たちと一緒に練習して、他地域のライバルたちと走って、すごく刺激を受けた。当時はそんなに速くもなかったので「最初の大きな目標」というか。そこに向かって努力して、代表に選ばれたのですごく自信がつくきっかけになった。

第50回大会の最終日1区で区間新(当時)の快走を見せてMVPに輝いた藤原=島原半島

 -印象に残っている大会は。
 藤原 拓大1年時に出場した01年(第50回)大会。最終日1区(大会最長の19.2キロ)で区間新記録を出した。当時の自分にとってはベストレースで、競技人生でも3本の指に入るくらい。その1年前に県高校駅伝で同じルートを走った際は1区で10キロ走るのが精いっぱいだったのが、1~3区の分まで走ってスパートもできる。強くなっているなと実感できた。レース展開も、同じ拓大の選手と競り合って、最後に勝ったので楽しかった。
 井上 近いところで言うと、山梨学院大4年時に出場した15年(第64回)大会(第1日11区で大会最古の区間記録を塗り替え、最終日1区も区間賞。諫早チームの3位躍進に貢献してMVPを獲得)。競技をやってきた中でも指折りの楽しいレースだった。大学4年間の成長を見てもらえた。走りで地域に恩返しできた。自分に憧れていると言ってくれた中高生もいて、これから地元の実業団チームに入ってからも頑張ろうと、気が引き締まった。

 -2人とも「楽しかった」という点で共通している。世界を経験した身でも、そう思える要素が県下一周にあるのでしょうか。
 藤原 まったくノンプレッシャーと思いきや意外とガチンコ勝負。地域を背負っているし、すごく根底の部分で頑張る理由がある。
 井上 純粋に走ることを楽しめる。ジュニアの選手は年上の選手に刺激を受けると思うが、大学生から見ても小学生や中学生が元気に走っている姿、後輩の高校生が目標に向かって頑張っている姿は励みになった。そういうものが70年続いてきた理由じゃないかな。

第64回大会で第1日11区の区間記録を35年ぶりに塗り替えてMVPに選ばれた井上=松浦市

 -近年は運営面やチーム編成の面で難しさも出てきています。3日間開催やコースを見直すべきでしょうか。
 藤原 時代に応じた形にするのは仕方ない部分もある。全国の県下一周駅伝で似たような課題があると思うが、こういう盛り上がり方をする大会はほかにない。現状が厳しいのならば、続けられる形を考えて存続させるべきだ。
 井上 3日間で2区間走る経験は、高校生はなかなかない。それを乗り越えて見える自分のレベルや自信もある。スマートな練習が注目されがちだが、一見スマートに見える選手もかなりハードなことはやっている。そういう要素は残した方がいいと思う。

 -2人とも近年は大会から離れています。もう一度出場してもらえるなら、大会も盛り上がると思います。
 藤原 実は年末から走りだしている。来年は70回記念大会が開けると思うし、ぜひ声を掛けていただければ。
 井上 タイミングが合えば、とは毎年思っている。(マラソン出場など)スケジュール上、そうもいかないことが多いので、今は応援する側で見守っていけたらと思う。自分が第一線を離れたときに声を掛けていただければ、力になりたい。そのときまで、もっと頑張らないといけない。

 -コロナ禍で試合が軒並み中止になり、県下一周駅伝も今年は開催が見送られました。悔しい思いをした選手たちへエールを。
 藤原 こういう世の中だからこそ、一歩一歩を大切にしてほしい。半歩でもいい。積み重ねを振り返ったとき、成長を味わえたらしめたもの。その楽しさを覚えるチャンスが今だと思う。
 井上 自分の原点、競技の楽しさをもう一度思い出して。必ず乗り越えられる日が来る。その日まで夢や目標を絶やさずに過ごしてほしい。

 【略歴】ふじわら・あらた 西彼多良見町(現諫早市)出身。多良見・琴海中、諫早高、拓大を経て2004年にJR東日本に入社。08年東京マラソン2位、08年北京五輪は補欠、09年世界選手権ベルリン大会出場。10年3月にプロとして独立後、12年ロンドン五輪に出場。19年4月、スズキ男子マラソンヘッドコーチに就任した。自己ベストは2時間7分48秒。県下一周駅伝は01、04年に西彼チームから出場。

 【略歴】いのうえ・ひろと 諫早市出身。飯盛中、鎮西学院高、山梨学院大を経て2015年にMHPS(現三菱重工)入社。17年東京マラソンで日本人1位、同年世界陸上ロンドン大会出場。18年ジャカルタアジア大会で日本勢32年ぶりに優勝。自己ベストは2時間6分54秒(日本歴代6位タイ)。全日本実業団対抗駅伝は最長4区で19、20年に2年連続区間賞。県下一周駅伝は諫早チームで08~11、15年の5度出場。


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