橋田寿賀子さん

 「俺だって、本当はこんなこと言いたくないんだよ」「私には、こんなことしてる暇なんかないの」…例えば、登場人物のこんな発言は、その先に続く、とても説明的で、時に不自然に長いセリフが始まる合図だった▲役者泣かせで知られた長ぜりふの理由は、こんなふうに説明されている。〈画面の前にずっと座っていられなくても耳で聞けば分かるように、用事で離れても、戻ってきたら内容についていけるように〉…「おしん」「渡る世間は鬼ばかり」など数多くの人気ドラマを手掛けた脚本家の橋田寿賀子さんが亡くなった▲「作る」は「こしらえる」、帰宅のあいさつは「ただいま帰りました」。美しい言葉やきれいな敬語を操りながら、親と子、嫁としゅうとめが率直で無遠慮な感情をぶつけ合う。裸や殺人は一切書かなかった▲「おしん」では貧困や厳しい労働に耐えながらひた向きに生きる女性の姿を、「渡鬼」ではどこの家にもありそうな摩擦や衝突を描いた。創作のヒントは新聞の投書欄だったそうだ▲昨日の紙面、作品の年譜は2013年開始の「なるようになるさ。」で止まっている。もし次回作があったら▲物理的な距離の保持に人々が心を砕き、マスク姿で口数少なく暮らすコロナの今。どんな物語をこしらえ、誰に何を語らせただろう。(智)

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