【追う!マイ・カナガワ】エスカレーターなぜ歩く?(上)片側空けの背景を探ってみた

左側に人が集中するエスカレーター=4月下旬、川崎市内

 「エスカレーターはどうしていつまでたっても片側空けのままなのでしょうか」。「エスカレーターの2列乗りが叫ばれているのに浸透していません」─。こうした疑問の声が神奈川新聞社の「追う! マイ・カナガワ」取材班に相次ぎ寄せられている。記者もエスカレーターに乗る際は無意識に左側に立ち、急いでいる際には駆け上がってしまう一人…。なぜ習慣づいてしまったのか、自省を込めて背景を探った。

■国内では好況時に始まった

 そもそも片側空けの起源はいつだろう。

 エスカレーター文化に詳しく、約15年間研究しているという江戸川大名誉教授の斗鬼(とき)正一さん(70)=神奈川県鎌倉市出身=によると、国内で初めて呼び掛けられたのは高度成長期の1967年ごろ。大阪の阪急梅田駅で「急ぐ人のために右に立とう」と呼び掛けられた。東京ではバブル期の89年ごろ、海外の「マナー」として横須賀線新橋駅などで始まり、浸透していったという。

 ただ近年は、これを是正しようとする動きが各方面で起きている。背景にあるのは「危険性」だ。

 記者もショッピングモールで、エスカレーターの左側に人が集中して降り口周辺に人の滞留が生じ、降りられなくなりそうになったことが幾度もある…。

 投稿を寄せた平塚市の50代の女性は「健康上の問題で右側にしか立てない人や、保護者と手をつなぐ幼児もいる。私は勇気を持って右側に立ってみますが『片側を空けるのがマナー』という空気がいまだにあり、とても居心地が悪い上に、猛スピードで駆け上がる人もいて危険でした」と困惑している。

■片一方にしか立てぬ人もいる

 日本エレベーター協会によると、2018、19年に把握したエスカレーター事故は計1550件。乗り方不良が805件に上り、同協会は「手すりを持たず転倒する」「踏段上を歩行し、つまずき転倒する」などが主な原因とみている。

 そうした中、鉄道事業者などは約10年前から共同で、エスカレーターでは歩かず、手すりにつかまろうとの働き掛けを強化し、昨年は首都圏9都県市も合同キャンペーンを行った。

 千葉市は昨秋から海浜幕張駅前のエスカレーターで、ステップの左右交互に足形のステッカーを貼っている。森ビルは、1人乗り用エスカレーターの導入も推進している。

 こうした取り組みは盛んだが、エスカレーターの片側に人が列をなす光景は今も日常的で、自治体や企業の取り組みが、市民に浸透しているとはいいがたい。斗鬼さんは「神奈川を含む東京圏では特に同調圧力が強く、右側にしか立てない人が体感する恐怖は大きい」と問題視する。

 16年に「エスカレーターマナーアップ推進委員会」を立ち上げた東京都理学療法士協会によると、脳梗塞や脳出血の後遺症で左半身まひがあり、右手しか使えない人たちにとって、片側空けの“文化”は大きな支障になっている。

 止まって乗っていた高齢者が歩行者とぶつかって転倒し、大けがを負うケースもあり、同協会理事の齋藤弘さんは「右側に立ち止まっている人がいても見守ってほしい」と呼び掛ける。

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